第七十八話・愛の確認
第二王妃様の処罰はその場で下された。
「其方を北の果ての修道院に送る。神に祈り、生涯罪を贖い続けるがよい」
それが、陛下の決定だった。
第二王妃様に処罰を告げて、私たち――正確にはデュールお義兄様へと向き直り、頭を下げた。
「すまない、デュール。本来は死罪相当の罪ではあるが、これがここまで追い詰められたのは儂の罪でもある。命を奪うことは」
「父上、頭を上げてください。一国の主が、息子相手とは言え、頭を下げるなどあってはなりません」
凛とした声音で告げたデュールお義兄様の言葉に、下げていた頭を上げる。
その目じりは潤んでいるように私には感じられた。
「この件は内密にいたしましょう。第二王妃様は病のせいで錯乱され、療養のために北の地で静養される、ということでいかがですか。父上」
「デュール……」
「気にしていないわけではありませんが、私とて第二王妃の処刑は望みません。今後、第二王妃が王都の土地を生涯踏むことがないと確約がなされるのであれば、私を蝕んだ十六年の呪いを忘れましょう」
陛下相手だからだろう、デュールお義兄様の一人称がまた変わっている。
強がりではないとわかる声音だった。
デュールお義兄様の中には確かな怒りがあるだろうが、それでも、エクセンお義兄様の母である第二王妃様の処刑を望まない気持ちは本当だろう。
見守る私たちの前で、第二王妃様は錯乱したように叫んでいた。
どうして、妾が。繰り返される絶叫にパシェン様がそっと近づいて意識を落とした。
前世の漫画でよく見た、首の後ろをとんと叩く方法だ。
意識を失った身体をベッドに改めて横たえて、パシェン様が騎士として膝をつく。
「勝手な真似をいたしました」
「よい、気にするな。パシェン」
陛下の許しを得て、立ち上がる。その表情には複雑な色が見えた。
それもそうだ。パシェン様はエクセンお義兄様と仲がいい。
でも、第二王妃様がしたことを考えれば、エクセンお義兄様の立場だって悪くなるのは自明の理だ。
「デュール、エクセン、リーベ、パシェン。ひとまず下がれ。後のことは儂が処理する」
疲れ切った声音で告げられた言葉に、私たちは大人しく従った。
「はい、父上」
「わかりました、父上」
「お義父様、どうかご無理をなさらず」
「御前を失礼いたします」
デュールお義兄様、エクセンお義兄様、私、パシェン様と陛下に返事をして、部屋を後にする。
私たちの間ですら気まずい雰囲気が漂っている。
第二王妃様に宛がわれた離宮を出たところで、エクセンお義兄様がそっと口を開いた。
「兄上、二人きりで話がしたいのすが」
「いいだろう。俺の部屋に来るか?」
「はい、お邪魔します」
二人は視線を交わしあったあと、私たちを見た。
デュールお義兄様が肩をすくめる。
「リーベ、パシェン。お前たちもお互いの間のわだかまりは解いておけ。今日くらい、リーベの勉強もパシェンの政務も気にせず、話でもしたらどうだ」
デュールお義兄様の提案は最もだ。だから私は一つ頷いてパシェン様を見上げた。
私より高い位置にある整った顔を見つめて、問いかける。
「私は大丈夫ですが、パシェン様はどうですか?」
「私も大丈夫だ。……リーベ、二人で話をしよう」
「はい」
頷いた私に嬉しそうに微笑んでくれる。
私たちはその場でそれぞれ分かれて、私たちは一緒に自室に向かった。
パシェン様はあまり私の自室に入らないようにしているみたいだけれど、落ち着いて話をするならば庭園のガゼボより確実に人の目を避けられる私の部屋の方がいい。
沈黙が降りる。
無言で並んで歩き、私の部屋の扉を開くと、おもむろに口を開いた。
「リーベの部屋は、いい香りがする」
「そうですか? もしかしたら正妃様から頂いた香水の香りかもしれません」
公爵家にいた頃は香水など無縁の存在だったが、王女となってからは嗜みの一つとしてその日の気分でいくつかの香水を使い分けている。
それらは全て正妃様から贈られた品だ。
私の言葉を、けれどパシェン様は穏やかな表情で否定した。
「いいや、リーベの香りだよ」
「私の香り、ですか?」
「ああ。公爵家にいた頃から、リーベからはずっといい香りがしていた。心が安らぐ、と常々思っていたんだ」
思わぬ褒め言葉に、頬が赤くなる。
思わず頬を抑えて、私ははにかんだ。
「少し恥ずかしいですけれど、そう思っていただけるなら嬉しいです。どうぞ、中へ。ソファに座って話をしましょう」
「ああ」
立ち話をずっとしているのも可笑しいので、私はソファを勧めた。
私の部屋に足を踏み入れて、少しだけ周囲を見回している。
満足したのか、ソファに座ったパシェン様の隣に腰を下ろした。
「前も思ったが、リーベの部屋は可愛らしいな。私の部屋とは大違いだ」
「パシェン様のお部屋は機能性重視ですものね」
必要なものしか置いていない執務室を思い出して私が肩を揺らすと、パシェン様は苦笑を零した。
「センスがないだけなんだ。何を置けば品がよくなるのか、わからなくて」
「クルール様に相談されてはいかがですか?」
「それよりリーベの意見を聞きたい。男性の流行にも詳しいと、耳に挟んだ」
確かに私は貴族社会での流行は男女問わず正妃様から教え込まれているけれど、それがパシェン様の好みに合うかと考えると少し難しい気がする。
悩んでいる私を見下ろして、くすくすと微笑んだ。
「すまない、無理を言った」
「いいえ、もう少し勉強してからでよければ、ぜひ」
「ああ、楽しみにしている」
穏やかな空気が流れている。パシェン様とゆっくりと話すのはずいぶんと久々に感じられた。
ベーゼ様の件や、デュールお義兄様との誤解でずっとゴタゴタしていたから。
「パシェン様」
「なんだい、リーベ」
「私、パシェン様のことをお慕いしています」
まっすぐに高い位置にあるパシェン様の青空の瞳を見つめて告げる。
愛の言葉はいくらでも口にするべきだ。そうではないと、きっと悲しいすれ違いが起こってしまうから。
私の言葉に少しだけ目を見開いて。それから。
「私もだ。愛しているよ、リーベ」
そう告げて、初めて私の唇にキスを落とした。
初めてするキスはレモン味――なんてこともなく。
ただ、ふわふわと幸せな気持ちだけに、身体が支配されて、この上ない幸福の味がした。




