第七十七話・第二王妃の自白
寝込んでいる第二王妃様への面会の許可を取り付けたのは、エクセンお義兄様だった。
アミが呪われていた件は一気に噂となって広がった。
だから、あえて言葉を選ばず「母も呪われているかもしれない。ならば、医者よりもリーベに診せたほうがいい」と断言したのだ。
相手が第二王妃様なので、陛下にも来ていただくことになった。
エクセンお義兄様自身が、第二王妃様の本音を引き出す場には陛下もいたほうがいいと判断されたからだ。
私とパシェン様も呼ばれた。
私は聖女として呪いを解くために、パシェン様は万一第二王妃様が何らかの形で暴れたときに取り押さえるために。
陛下とデュールお義兄様とエクセンお義兄様、そしてパシェン様と私。
合計五人でぞろぞろと第二王妃様の寝室にお邪魔することになった。
「母上、失礼します」
扉をノックして入室の許可を求めたエクセンお義兄様に、第二王妃様付きのメイドが静かにドアを開ける。
「失礼します」
エクセンお義兄様の声掛けに返ってくる言葉はない。
静かに部屋に入ると、荒い呼吸が聞こえてくる。
ベッドから聞こえる喘鳴に、私は眉を寄せた。
陛下が第二王妃様の傍により、私を手招く。
「リーベ、できるか?」
「はい。お義父様」
陛下の隣に並んで、第二王妃様の顔を覗き込む。
白を通り越して青い顔色、荒い呼吸。アミよりよっぽど酷い症状だ。
倒れたのは私が呪いを解いたときからだと聞いているから、呪い返しで恐らく間違いない。
私は祈るために手を組む。
まだまだ女神の力を自由自在に操ることはできないけれど、あの時と同じで良いのなら、きっと再現できる。
「どうかお力をお貸しください。女神デーア」
ふわりと風がないはずの空間の空気が揺らぐ。
あの時のように四属性の魔法の様々な効果を受け取った私は、ただひたすらに祈り続けた。
祈り、願って、そうして闇の気配が打ち砕かれる。
そっと目を開けた私の前で、第二王妃様がうっすらと目を見開く。
陛下の姿を一番に視界に入れて、まだ青白い顔で嬉しそうに微笑んだ。
「陛下……妾の見舞いにきてくださったのですね……」
「ああ。そして、お前の真意を問いに来た」
「真意……?」
陛下の声音は固い。夢をみる少女のようにふわふわとした口調の第二王妃様に、鋭く切り込んだ。
「デュールを呪っていたのというのは、誠か。フィネフィカ」
(第二王妃様の名前……)
私も知識としては知っていたけれど、呼ぶ方がいないので陛下が口にした名前が第二王妃様のものだとすぐに気づかなかった。
陛下の問いかけに、ふわふわとした口調のまま答える。
「心当たりがございませんわ、陛下。妾はまだ悪い夢をみているのでしょうか」
「……女神と家紋に誓えるか?」
「はい、誓えます」
ああ、もう。
手遅れだ。なにもかもが。
私はそっと視線を伏せる。私の隣で陛下が拳を握っていた。
場の空気が張り詰めていることに、本人だけが気づいていない。
「お主に宛がった従者が、複数名行方知れずとなっておる」
「家が大切だと申しますので、金銭を持たせて帰らせたのです」
ふわふわ、ふわふわ。
きっと第二王妃様は夢をみている。
夢うつつの中、自分にとって都合の良い嘘を並べている。
「お主に管理を任せている庭園から、白骨の死体がいくつも見つかっておる。心当たりがないと申すか」
それは私も知らなかったことだ。
陛下はデュールお義兄様かエクセンお義兄様から話をきいて第二王妃様の周辺を調べたのか、あるいは前から知っていたけれど、問い詰めるには決め手に欠けていたのか。
あるいはもしかしたら、愛が目をくらましていたのか。
私はその心情を想像することしかできない。それでも、ずきずきとした痛みが胸を占める。
「まぁ、どうしてそんなことが。妾はなにも知りませんわ」
「そうか」
とうとう陛下が黙り込んだ。
我慢ならないという様子で割り込んだのは、エクセンお義兄様だ。
「母上! 兄上を呪っていたのではないですか?! 母上が倒れたのは呪い返しのせいだと、私たちは知っているのです!」
「エクセン、怒鳴らないで。王太子たるもの、常に毅然としていなければ」
第二王妃様の声が、少しだけ落ち着きだした。
エクセンお義兄様が室内にいると認識したからだろうか。視線が陛下から外れて、私に止まる。
「お前は……?」
「お久しぶりです、第二王妃様。リーベです」
私が淑女の礼をすると、第二王妃様は少しだけ目元をやわらげた。
「お前は……そうだったわね、一度挨拶をしただけだったわ。構ってあげられなくて悪いことをしたわね」
「気になさらないでください」
本当に、気にする必要はない。
だって、女神と家紋に誓った言葉で嘘を吐いた第二王妃様に――未来はないから。
少しずつ意識が覚醒しているのだろう。
部屋の中を視線で見回して、その中にパシェン様とデュールお義兄様がいることに、大きく目を見開いた。
恐らく、パシェン様は問題視されていない。
第二王妃様の唇がわなないているのは、ぴんぴんとした様子の顔色のよいデュールお義兄様がそこにいるからだ。
「お前、お前、どうして……!」
「ずいぶんなご挨拶ですね。第二王妃様」
デュールお義兄様が笑顔の仮面を被って微笑むと、第二王妃様は震える腕で体を起こして指さした。
「なぜ妾の部屋にいる! でていけ! 汚らわしい!!」
「母上!」
「王太子は妾の息子のもの! お前などさっさと呪い殺してくれる!!」
ああ、とうとう。口にしてしまった。
陛下は、私が第二王妃様の呪いを解く前に、医者が飲ませる薬に少しの自白剤を混ぜたと仰っていた。
効くのに少し時間がかかると医者は口にしていたというから、最初の問いに嘘をつけたのはまだ薬が完全に効いていなかったのだろう。
本当はこんなことはしたくはないが、第二王妃様はそうでもしなければ口を割ることはないだろう、と。
陛下としても苦渋の決断であったはずだ。
口を滑らせた自分に気づいたのか、口元を抑える。
にっと笑ったのは、デュールお義兄様だ。
「とうとう口にしたな。己の所業を」
「妾は……妾は……!」
震える口で言い訳を探す姿は哀れですらあった。
私の隣に歩み寄ってきたエクセンお義兄様が、らしくない強い口調で糾弾する。
「なぜ呪いなどに手を出したのです! 母上!!」
「お前を王太子にするためです! お前のことを思って!!」
「そんな愛はいらなかった!」
慟哭のように叫んだエクセンお義兄様の言葉は、言い表せない痛みを内包している。
私はただ、親子の悲しいすれ違いに痛む胸を押さえて、そっと視線を伏せるしかなかった。




