第七十六話・エクセン王子の本音
「第二王妃が寝込んでいるのが呪いだと仮定して、だ」
デュールお義兄様が考え込みながら口を開いた。
場の視線を一斉に集めつつ、慎重に言葉を選んでいる。
「呪われる心当たり――きっと、ありすぎるんだろうな」
「はい。母はその……かなり性格がきつい方なので」
辛辣な言葉をエクセンお義兄様が肯定する。
私はなんとなくしか第二王妃様を知らないけれど、実の息子にここまで言われるほどの性格をなさっているのだと察するしかない。
「それと、兄上の顔色がずいぶんと良くなっていると思うのですが、もしかして兄上も……?」
「ああ、呪われていた」
さらりと肯定した言葉に、エクセンお義兄様が視線を伏せる。
「可笑しいと思っていました。ある時期を境に兄上は頻繁に寝込まれるようになったので。――兄上が魔力検査を受けた直後から、だったので」
「エクセン、お前」
「母は私が王太子に選ばれたことを、喜んでいました。そんな母が嫌いでした。だって私は、兄上に王太子であってほしかったから」
滔々と胸の内を打ち明ける言葉に、ただでさえ静かな部屋の中がより一層静寂に包まれる。
私はそっとデュールお義兄様の様子を伺った。
私が呪いを偶然解いたあの時、私が呪いを解くきっかけを作った呪術師の老人はこういった。
『殿下の呪いは長い間身近な人間からかけられていたものだ。そちらも禁呪。恐らくは贄を使った、この娘より強力なものだ』
と。そして同時にこうもいった。
『呪い返しが発動したはずだ。人を呪わば穴二つ。強力な呪いは、弾かれた時に術師に返る。今頃、殿下を呪った者は死にかけているであろうな』
デュールお義兄様は老人の言葉に何かを考えこんでいた。あの表情はきっと心当たりがあったのだろう。
私は聞くのは憚られたから問わなかったけれど、今のこの状況が答えを示している。
「エクセン、お前、第二王妃は好きか?」
「母ですから、それなりに。けれど、同時に覚悟があります」
エクセンお義兄様が、まっすぐにデュールお義兄様を見つめる。
その瞳に宿っているのは、強い決意。恐らく全てのからくりに薄々気づいている。
「罪人は、罰せられねばなりません」
強い口調で言いきった言葉に、私は息を飲んだ。
デュールお義兄様が、がり、と乱雑にセットした頭を掻いて、大きなため息を吐きだす。
「お前にとって、辛い現実だ」
「直視しなければなりません」
エクセンお義兄様の視線は揺らがない。
デュールお義兄様のほうが、よほど辛そうに言葉を選んでいるのが伝わってくる。
「王太子の座を追われるかもしれないぞ」
「王太子の座に未練などありません」
王太子であるかどうかは、人生に直接影響する。
警告の言葉にも、エクセンお義兄様は微動だにしない。
「母親を、軽蔑することになるかもしれん」
「元々、手放しに尊敬できる人ではありませんでした」
念押しの言葉に、さらりと答える。
あまり、気負っていないように聞こえるけれど、真剣さが伝わる声音。
見守る私たちの前で、デュールお義兄様が浅く息を吐いて。
「お前、立派になったな」
そう、感慨深そうに呟いた。エクセンお義兄様が、嬉しそうに表情を綻ばせる。
それは、幼子が親に褒められた時の表情によく似ていた。
「私は、兄上の弟ですから」
いまの話の流れだけで、エクセンお義兄様にとって優先順位が第二王妃様よりデュールお義兄様のほうが上なのだと伝わってくる。
私はお二人の幼少期に何があったのか知らないけれど。
フィーネであった頃、気まぐれで構ってきたエクセンお義兄様が口にしていた言葉を思い出す。
『私はね、兄が好きだ。尊敬しているし、敬愛している。だから、兄から全てを奪った、この国の在り方を憎んでいる』
その、憎しみの対象に。
(きっと、第二王妃様も含まれているんだわ)
それはとても悲しいことのように、私は思ってしまうけれど。
私の視線の先で、心底嬉しそうにデュールお義兄様とお話をしている陰りのない笑みをみてしまえば、もうなにもいうことはできない。
私にできることは。
(せめて、話し合いの場を用意することくらい)
第二王妃様が本当に呪い返しで苦しんでいるのなら、私の聖女としての力で呪いから解放できると呪術師の老人は言っていた。
だから、私はあえて呪い返しの呪いを解いて。
第二王妃様の真意を聞いてみたいと、そう思った。




