第七十五話・少しの休息と、次の呪い
王族専用の控室にパシェン様とアミとクルール様を呼んだ。
五人でぞろぞろと控室に戻り思い思いの位置でソファに座って、メイドが入れてくれた紅茶で一息をつく。
「そういえば、アミはクルール様にエスコートをお願いしたのね。なんだか少し意外な組み合わせだったわ」
私の問いかけに、軽く目を見開いて微笑んだ。
「クルール様のほうから申し入れてくださったの。ベーゼ様が暴れた時に、取り押さえられる人間がいたほうがいいだろう、って」
「そうだったのね」
まんざらでもなさそうだ。
これはもしかしてひょっとして……?
そんな好奇心を覗かせた私の頭を、ぽんとデュールお義兄様が撫でた。
後にしなさい、という無言のメッセージを受け取って、私は複雑そうな表情で私を見つめるパシェン様へ視線を向けた。
「パシェン様、私たちの間には誤解があると思います」
「そうだな。リーベ、すまない」
謝罪の言葉と共に真っ直ぐに頭を下げられる。
謝罪される事柄に心当たりがありすぎて、私は苦笑を零してしまう。
「顔を上げてください。私とデュールお義兄様はアミに掛けられた呪いを解くために協力していたのです」
そっと視線を上げたパシェン様に私が微笑むと、ちらりとデュールお義兄様をみてから、視線を伏せた。
「私こそ……誤解される行動をとってしまった。いくらエラスティス家当主としてベーゼ令嬢を無下に扱えなかったとはいえ、あまりにもな現場をみせた」
「それはまぁ……それなりにショックでしたけれど」
ここで本心を隠しても意味がないので、私は素直に口にした。
空色の瞳に後悔を滲ませて、懺悔を口にする。
「リーベには隠していたが、エラスティス公爵家の財政は火の車で……陛下に気にかけていただいているとはいえ、荒れた領地の立て直しのため、多額の金銭が必要だった。その中で、私は他の四大公爵家に借りを作ってしまったんだ」
その中にベーゼ様のお父様のトイフェ公爵がいるのだろう。
私は無言でパシェン様の言葉を待つ。
「特にトイフェ公爵家からは多大な援助を貰っていて、ベーゼ令嬢を無下に扱えば領民がどうなるかと思えば、強くは出られなかった。だが、全ては言い訳だとわかっている」
「その通りだ」
懺悔の言葉をはっきりと肯定したのは私の隣に座っているデュールお義兄様だ。
足と腕を組んで、苛立ちを露わにしている。
「リーベは泣いていたんだ。婚約者を泣かせる男がどこにいる。それも他の女のせいで」
「……返す言葉もない」
「挙句の果てに俺との関係を勘繰って逆ギレなど、あまりにみっともない」
「……」
か、過剰攻撃では……?! 全て事実だけど!
パシェン様の置かれた状況を考えれば、情状酌量の余地があると私ですら思いますが?!
そういえば、どうしてパシェン様はアミのお屋敷に足を運んだのだろう。私は疑問を口にした。
「パシェン様がフィリア家にいらしていたのは、どうしてですか?」
「……リーベがデュール王子とともに外出したと聞いて、居てもたってもいられなくて」
な、なるほど~! 多分私たちの行動が耳に入ったのも、ベーゼ様の根回しなのだろう。
納得する私の隣で。デュールお義兄様が空気を入れ替えるように話題を変えた。
「クルール、お前はどうしてそこまでアミ伯爵令嬢を気にかけているんだ?」
少し楽しげな問いかけに、クルール様が露骨に嫌そうな顔をする。
「こっちに飛び火させないでもらえませんかね? あー、まぁ、リーベ様の親友だから、ですかねぇ」
がりがりとせっかくセットしている髪を乱雑にかく態度は私には照れ隠しにみえたけれど。
多分、それはこの場にいる全員が思っているだろう。
「そういうことにしておこう。……来客だな」
こんこん、と扉がノックされた。
この場で一番位が高いデュールお義兄様が返事をすると、扉が開かれる。
メイドが開いた扉から入ってきたのは、エクセンお義兄様だ。
「失礼します。兄上、色々とお話を聞きたいと思いまして」
穏やかな笑顔に少しの緊張の色を滲ませて、エクセンお義兄様が口を開く。
そういえば、エクセンお義兄様はデュールお義兄様のことを尊敬しているけれど、すれ違っている、みたいなことを仰っていたはずだ。
私がそっと様子を伺うと、デュールお義兄様は浅く息を吐いた。
「久しぶりだな、エクセン」
「はい、兄上」
「とりあえず座れ」
「はい」
すごい、あのエクセンお義兄様が借りてきた猫のようだ。
ちょっと目を丸くする私の前で、まだ余裕のあるソファに腰を下ろす。
「私が知らないうちに、リーベはずいぶんと兄上と仲良くなっていたんだね」
「色々と気にかけていただきました」
副音声で『羨ましい』って聞こえている。聞こえていますよ、エクセンお義兄様……!!
二人は腹違いの兄弟だ。
デュールお義兄様が正妃様の子供で、エクセンお義兄様が第二王妃様の子供。
元々デュールお義兄様が王太子だったけれど、十歳で受ける魔力検査でエクセンお義兄様が上回っていたこと、デュールお義兄様は呪いのせいで身体が弱かったことなどから、現在の王太子はエクセンお義兄様である。
私は第二王妃様に避けられているらしく、一度顔合わせの席でお会いした以外の面識はない。
綺麗な方だ、との噂通りに綺麗な方だった。
同時にとても気が強い方でもあるらしい。一度顔を合わせただけでも、その片鱗は感じられた。
元々陛下の婚約者だったのは第二王妃様の方だけれど、陛下は正妃様と大恋愛をして、第二王妃様ではなく正妃様を正室として迎えられたと耳に挟んだ。
お二人の間に確執が生まれていることは、私にもわかる。
「兄上、先ほどの呪いの件、全て本当なのですよね?」
「嘘をつく理由がないな」
慎重な問いかけに、デュールお義兄様が軽い調子で肩をすくめる。
エクセンお義兄様は声を潜めて、密やかに告げた。
「一部のものしか知りませんが、母上が寝込んでいるのです。……呪いでは、と考えています」
まさかの告白に、場が静まり返った。一同の視線が、私に注がれる。
エクセンお義兄様のデュールお義兄様とお揃いの金の瞳が、真摯に私を射抜いていた。
「リーベ、どうか母上に会ってみてはくれないだろうか」
その切実な言葉に、私はこくりとつばを飲み込んで。
「もちろんです」
そう口にして、微笑み返した。




