第八話・魔力適正と魔力量と現実
粗末な夕食を食べて、自室に戻る。
先日はドレスのまま寝落ちしてしまって、数少ないドレスに皺を作って頭を抱えたので、今日は先に着替えることにした。
これまた枚数の少ないネグリジェに袖を通し、ベッドに転がる。
手のひらを天井に向けて手を開く。
魔力があれば、手のひらから何かを出すことが可能らしいのだが、魔力適正どころかそもそも魔力がゼロの私にはわからない感覚だ。
ぐっと手を握り締めて、ぽすんとベッドに下した。
「魔力適正も魔力もないのは、本当だからなぁ……」
この世界では、魔力適正と魔力を持たない人間の方が希少だ。
もっというなら、その希少な人間は基本的に貴族以外の一般人に区分される。
貴族で魔力適正と魔力ゼロは本当にあり得ないことなのだ。
両親の落胆はさすがの私でも察せられる。
それとこれとは別として、冷遇するどころか虐待といえる環境に置いたのは許せないが。
(その点、お義兄様は本当にすごいのよね)
火・水・風・土、四属性全ての適性を兼ね揃え、過去類を見ないと言われたほどの魔力保持量を持つお義兄様。
けれど、その才能がお義兄様を幸せに導いたかといえば、私は疑問に思わざるを得ない。
お義兄様は才能があるというそれだけで公爵家に買われた。
お義兄様は元々下級貴族の家の出で、お父様が亡くなられたあとお母様と支えあって生きていたと聞く。
だが、十歳の時に受けた魔力検査で異例の結果を出したことで、お義兄様を取り巻く境遇は一変した。
私の父である公爵は、かなり強引にお義兄様を養子にしたと聞く。
お義兄様は本当はお母様と離れたくなかっただろう。
それでも、爵位も持たない下級貴族が公爵家に逆らうことは不可能で、お義兄様は公爵家に貰われてきた。
お義兄様が公爵家にやってきてからの日々だって、虐待のような勉強漬けの毎日だった。
いまでこそ、騎士団という居場所を手に入れたお義兄様だけれど、十五歳で騎士団に入団するまで、お義兄様の表情は能面のようだった。
いまだって氷の騎士団長と陰で呼ばれる程度には感情表現が豊かな人ではないが、大分改善されているのだ。
(幼い私には構ってくれていたけれど、あれは現実逃避の一種だったのかしらね)
記憶が戻る前の幼い私に、お義兄様はよく構ってくれた。
私がお義兄様のわずかな休憩時間を見計らって部屋に突撃しても、嫌な顔一つしなかった。
本当にできた義兄である。
(お義兄様が騎士団に入った理由だって)
実のお母様の金銭的な支援をするためだと私は知っている。
お義兄様が貰われてきた時に、結構な大金が動いたらしいが、お金にがめついあの父が額面通りの金額をきちんと渡していないだろうことは私ですら察しが付く。
とはいえ、公爵家のお金は現在のお義兄様には動かせないから、お義兄様が自由に動かせる騎士団のお給金をお母様の援助に当てているのだ。
とはいっても、騎士団の給金も公爵家にいれるように命令されているはずで、支援に回せているのは本当に僅かなはずだ。
ごろん、ベッドの上を転がる。相変わらず埃臭いが、ずいぶんと慣れた匂いである。
「本当にクソったれだわ」
私への扱いも、それ以上にお義兄様の扱いも。お義兄様のお母様への扱いだって。
そんなクソったれな人間が国の中枢にいることには憂いを覚える。
だが、所詮能無しで欠陥品の私にはなにもできることがない。
数少ない私にできることといえば。
(お義兄様のお母様の様子を、それとなく見に行くことくらいなのが歯がゆいわ)
フィーネとして男装し始めてから、初めて接触した人。
お義兄様と同じ美しい流れるような銀の髪に、お義兄様と同じ空を切り取ったような綺麗な瞳をしたご婦人。
騎士団の雑用というか、城の人に頼まれて買い出しに行った先で、偶然出会ったお義兄様を生んだ人。
一目でわかった、ああ、この人はお義兄様のお母様だ、って。
だって、すごくよく似ていた。清廉な雰囲気も、気丈な振る舞いも、なにもかも。
「あーあ」
私も、ああいう人がお母様だったらよかったのにな。
そうしたら。
「……お義兄様はもっと私に構ってくれたかもしれないのに」
憎むべき公爵の娘ではなく、妹として扱ってくれたかもしれないのに。
そう思うと、少しだけ涙が出そうになった。




