第七十三話・二度目の断罪、つまるところ「ざまぁ」
無理やりベーゼ様の手をネックレスに触れさせようとしたクルール様に、抵抗している。
捕まれておらず、自由になる片手でトレーを叩き落した姿にデュールお義兄様の笑みが深くなった。
「おや、どうして拒絶されるのです。ここにあるのは貴方がアミ伯爵令嬢に贈られたネックレスだ。触れることなど造作もないと思うのですが。むしろ、このネックレスに触れるだけで、貴方にかけられた疑いは晴れるというのに」
「っ……!!」
いまだクルール様に片手を抑えられたまま、ベーゼ様がこちらを睨む。
一拍の間をおいて、我慢ならないといった様子で叫んだ。
「どうして上手くいかないのよ!!」
「ベーゼ公爵令嬢?」
戸惑ったようにベーゼ様の名前を呼ぶ。
この場で事情を全て把握していないのは外野以外ではパシェン様くらいだろうから、困惑する気持ちはわかるのだけれど。
「パシェン様は私の婚約者よ! 取り返して何が悪いと仰るの?!」
癇癪を越した子供のように喚きだしたベーゼ様に、私は唖然とした。
婚約者は私ですが?!
ベーゼ様をエスコートしてきたパシェン様もぎょっとした表情をしている。
「リーベ様さえいなければ、婚約も結婚も約束されていたのに! 貴女が邪魔をするから!!」
「だから、リーベを呪い殺そうとしたと」
「ええ、そうよ! だって邪魔だもの!」
あっさりと罪を認めたベーゼ様がクルール様の手を振り払ってパシェン様へと振り返る。
「パシェン様だってリーベ様が邪魔でしょう?! 私を愛してくださっていますもの!!」
あまりにも身勝手な言い分だ。絶句する周囲に気づいていないのか、さらに言い募った。
「聖女ともてはやされていますが、そんなのは嘘に決まっています! パシェン様は王家の圧力に耐えられなかっただけですわ!」
私の想いも、パシェン様の想いも。
どちらも踏みにじるその言い分に。
私が言い返そうとするより早く、地の底を這うような低い声が耳朶に届いた。
「ふざけないでいただきたい」
「……え?」
間の抜けた声をベーゼ様がだす。
パシェン様は眼光だけで人が殺せるのではないかという鋭さで一喝した。
「前エラスティス公爵がトイフェ家に莫大な借りを作っていた。その上で、領地の立て直しのために、私からも援助を申し込んだ。私が断れないのをいいことに、身勝手に振る舞った上、リーベに害をなそうとしていた? 百回殺しても殺したりない!」
怒鳴る勢いのパシェン様の強い言葉に、ベーゼ様がふらりとよろめく。
そしてようやく、私はどうしてベーゼ様を傍に置いていたのかの理由を知った。
彼女がどんなに自由で身勝手な行動をとっても、パシェン様は強く窘められなかったのだ。
全ては元お父様のせいだ。
「だって……パシェン様と私は……両想いで……」
「私が愛しているのはリーベだけだ。勘違いも甚だしい!」
縋る言葉を一刀両断に切り捨てたパシェン様は、つかつかと足音高く私の前まで歩んできた。
見上げる私の前で、膝をつく。
顔を伏せて、真摯に許しを乞う姿勢に、私は目を見開いた。
「リーベ、今回の件、私の落ち度だ。謝罪して許されることではないと、理解している」
「パシェン様……」
「二度と同じ過ちは繰り返さないと誓う。だから、どうか。もう一度私にチャンスを貰えないだろうか」
頭を下げたまま、懺悔の言葉を口にする姿に、私もふわりとその場に膝を折った。
ドレスの裾が床につくことも気にせず、私はパシェン様と視線を合わせて微笑む。
「パシェン様、どうか顔を上げてください」
「リーベ……」
「貴方が私を好いてくださる限り、私がパシェン様を見捨てることなんてありえません」
「っ」
堪えるように唇を噛みしめたパシェン様を抱きしめる。
銀色の頭を胸元に包むように抱くさまは、幼い子供をあやす母のようにみえるかもしれない。
「パシェン様、愛しています」
「リーベ」
「大好きです。だから、泣きそうな顔をなさらないでください」
「リーベ……!」
私の背に手を回してくる。
久々に触れる安心できる体温に、私たちが二人きりの世界を作っていると、唐突に「こほん」とわざとらしい咳払いが聞こえた。
「仲直りができたのはよいことだ。けれど、続きは後で二人きりの時にしてほしいかな」
苦笑を零すデュールお義兄様の言葉に、私は慌てて手を離そうとして――パシェン様の方が、離してくれなかった。
「パシェン様」
「いやだ」
「パシェン様」
「リーベに捨てられるのではと、私は最近ずっと生きた心地がしなかったんだ」
弱弱しい声で言われる言葉が、愛おしくてたまらない。
私がよしよしと頭を撫でると、再び「んん」と咳払いが。
視線を向ければクルール様が苦笑している。
「パシェン、公衆の面前だ。後にした方がいい。その方がリーベ様と思う存分いちゃつけるぞ」
「……そうか」
さすがクルール様、パシェン様の扱い方を心得ている。
今度はかけられた言葉に納得た様子で立ち上がって、青ざめた表情で孤立無援で佇んでいるベーゼ様を睨み据えた。
「ベーゼ公爵令嬢、今回の件、私には到底許すことはできない」
それは、きっと。
最後通告だった。




