第七十一話・女性同士のマウントの取り合い
王家主催の夜会に出席することにした。
今回の夜会は、正妃様の主催で、デュールお義兄様が働きかけたことで行われることになった。
正妃様と陛下にはあらかじめ話を通していると仰って「遠慮はいらないからな」といわれたが、私としては反応に困る。
アミを昏睡状態に陥らせたベーゼ様を許す気はない。パシェン様とのことがなくたって、呪いの品で呪い殺そうとしたことは、到底看過できない所業だ。
誤解はまだ解けていない。アミのお屋敷の件があってから、避けられている気がする。
今日のエスコートもパシェン様ではなく、デュールお義兄様だ。用事があるとかで、エスコートを断れてしまった。代わりにデュールお義兄様が名乗りを上げてくれた。
王族用の控室で身なりを整えて待機する。デュールお義兄様が立てた計画を私は知らないけれど、知らない方がリアクションが自然だから、と言い含められた。
演技はそれなりに得意な方だと思うけれど、演技をしなくていいのならそのほうが楽なので、私はその言葉に大人しく従うことにした。
「リーベ、迎えに来たよ」
「ありがとうございます」
扉がノックされてメイドが開けた扉から、正装に身を包んだデュールお義兄様が姿を見せる。
見慣れた街行く人の恰好ではなく、王族としての正装を身にまとっている姿は元々の顔の造形が整っているのもあって、普通にカッコいい。
私にはパシェン様がいるからときめいたりはしないけれど、多分多くの貴族令嬢が恋に落ちるカッコ良さだ。
「……キャラ作ってます?」
「なのことだい?」
「普段と口調から違いますよね」
「ふふ、仮にも王族だからね」
私が疑問を口にすると、そう告げてやんわりと微笑む姿は、酒場で酒を煽っている姿とは似ても似つかない。一人称どころか口調まで変えているところは本当に徹底している。
腕を差し出される。そっと手を添えると、穏やかな眼差しと共に微笑まれる。
ほ、本当に人が違うみたい……!!
「さあ、いこう」
「はい」
真っ直ぐに前を見据える。対決の時間は、すぐそこまで迫っている。
* * *
夜会の会場に足を踏み入れる。煌びやかな空気が充満するそこは、今の私にとって敵地に等しい。
品定める視線、悪意のある噂、ひそひそと交わされる陰口。
それらすべてを跳ねのける強い意志を持って、まっすぐに前を向き続ける。
耳に入っている断片的な情報から、ずいぶんと私の悪評が広まっているように感じる。
曰く「リーベ様は男遊びをしている」「最近のリーベ様は男漁りにご執心だ」「今日は婚約者のパシェン様にすらエスコートを断られている」「破局は時間の問題かな」「問題児の第一王子とは良くつり合いが取れている」などのエトセトラ。
私のことはまだいい。
けれど、デュールお義兄様を馬鹿にする言葉は看過できない。
少し苛ついてしまったのが伝わったのか、デュールお義兄様がそっと口を開いた。周囲に聞こえないように配慮された小声が降り注ぐ。
「気にしてはいけないよ」
「はい」
「大丈夫、今日の夜会の華はリーベだから」
そう口にして、ふんわりと微笑むその表情はどこか楽しげだ。
見覚えがあるなぁと考えて、お父様の断罪が行われた時のエクセンお義兄様の表情とよく似ているのだと気づいた。
さすが腹違いとはいえ兄弟である。
「あら、リーベ様」
ふいに声をかけられる。私はそちらに視線を流して思わず足が止まった。
ベーゼ様が微笑んでいたからだ。――隣に佇むパシェン様にエスコートをされながら。
さすがに目を見開いた私の前で、ベーゼ様は優雅に、それでいて得意げに笑っている。
パシェン様は気まずそうに視線を私から逸らしてしまった。それが、心に刺さる。
「お互いお似合いのパートナーを見つけましたわね」
その言葉が嫌みであることくらい、私にだってわかる。
パシェン様はお父様の件での大立ち回りと、荒れた領地の立て直し、騎士団の団長の肩書と相まって、貴族の間での評価が高い。
一方で、デュールお義兄様の評価は地の底を這っている。
呪いに蝕まれた身体を引きずって夜会に出席することが困難だったこと、そもそも残り少ない寿命ではそこまで前向きになれなかったことなどは、デュールお義兄様自身から聞いている。
だけど、噂好きの貴族たちがそんな事情と心情を考慮するはずもない。
私は負けじと微笑み返した。
「今日は敬愛するデュールお義兄様にエスコートしていただくことになって、とても光栄に思っています」
元々! パシェン様が! 私のエスコートを断ったのが原因だけど!
それらは内心に押し隠して微笑んだ私に、ベーゼ様がますます笑みを深くした。
「パシェン様にエスコートをお願いしたら、快く引き受けていただきました。やっぱり、リーベ様は……ねぇ?」
ねっとりとした絡みつく視線と共に、上から下まで見つめられる。
確かに私は豊満な体を持つベーゼ様に比べれば、貧相な体をしているだろう。
だって、成長期に栄養が足りていなかった。
それでも、胸はそこそこ膨らんでいるし、小柄だけれど可愛い顔立ちをしている自覚がある。
私はさらに笑顔で言い募った。
「ベーゼ様の男性受けをするお身体はご自慢かもしれませんが、胸元の露出が激しいのは最近の流行りとは真逆ですね」
かなり直接的な表現で批判した私の言葉に、ベーゼ様の額に青筋が浮かんだ。
だって、私は正妃様直々に貴族社会での流行を叩きこまれている。
今のドレスの最先端の流行は、胸元を出すにしろ薄いレースで隠すのが主流だ。
その点、ベーゼ様は豊かな胸元を強調したいのか、少し、いや、かなりドレスが下品なデザインになっている気がする。
「その辺に。世の中には貴方のように流行に敏いものだけではないのですよ」
「はい、デュールお義兄様」
窘めるようでトドメの一撃を加えたデュールお義兄様と、流行に疎いので全く口を出せず目を泳がせているパシェン様は本当に対照的だ。
(でも、私はそんなパシェン様が)
好きなんだよなぁ。
噛みしめる私の前で、ベーゼ様が頬を紅潮させて反論しようとした、その瞬間。
「うそ……!」
ベーゼ様の口から、驚愕の言葉が零れ落ちる。なぜなら。
「ごきげんよう、ベーゼ様」
数日前まで寝込んでいたのが嘘のように、優雅に挨拶をするアミの姿があったからだ。
エスコートをしているクルール様が、とても楽しげに笑っているのが印象的だった。




