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虐げられた男装令嬢、聖女だとわかって一発逆転!~身分を捨てて氷の騎士団長に溺愛される~  作者: 久遠れん
第二章

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第六十九話・聖女の祈り

『女神の加護をもって祈ればよい』


 突然白羽の矢を立てられて、戸惑わない方が無理だ。


 そもそも、私は『聖女の力』というものを全然コントロールできていない。


 でも、私の力でアミが助けられるなら。


 私はコーロル夫人の縋る眼差しと、マリド伯爵の期待の眼差しをうけて、こくりとつばを飲み込んだ。


 デュールお義兄様が、そっと私の傍によって背を押してくる。


「お前ならできる」

「はい」


 私は静かにアミの眠るベッドの傍に寄った。膝を折って祈りの姿勢をとる。


 思い出すのは、一年前の戦場でパシェン様が死にかけた時のこと。


 あの時のような奇跡を、どうか。


(アミは、たった一人の友達なの)


 大切で、失えない存在だ。


 孤独だった公爵令嬢リーベに屈託なく接してくれたアミの笑顔にどれだけ救われただろう。


 だから、どうか。


「アミの呪いを消してください。――女神デーア」


 私は祈る、私は願う。


 切実に、懸命に、ただ愚直に。


 組んだ両手に力を入れて、祈り願ったその瞬間。


 ぶわりと、私の周辺で風が巻き起こった。


 風の魔力適性を持たない私の周囲で、風が踊るように遊んでいる。


 火の魔力適性を持たない私の身体が、燃えるように熱い。


 水の魔力適性を持たない私の頭が、冷水のシャワーを浴びた時のように冴えている。


 土の魔力適性を持たない私の耳に、大地のざわめきが届く。


 そして。


「りー、べ……?」


 ベッドの中で眠り続けていたアミが、目を覚ました。


 目を開いた私の前でベッドの中で横になったまま、まだ少し青白い顔で私を見ている。


「アミ?!」


 思わず立ち上がってその手を取る。アミは弱弱しく笑った。


「ずっと、暗闇の世界で、ひどい悪夢を見ていたの……でも、リーベの声が、したわ」

「アミ……!」

「リーベによく似た人が、こっちよ、って優しく手招きをしてくれたの。そちらに歩いていったら、目が覚めたわ」

「アミ、アミ……っ!」


 ほろほろと涙が溢れて止まらない。涙を流す私に、アミが小さく笑う。


「ごめんなさい、心配をかけたわね。……少しだけ、寝てもいいかしら。とても、疲れていて」


 そう告げて、再び眠りについた。けれど、その寝息はとても穏やかで、先ほどまでの不安になる気持ちは沸き上がらない。


 私は後ろへ振り返った。喜びをかみしめる。


「成功しました!」


 そう告げて振り返った、私の視線の先で、マリド伯爵とコーロル夫人が肩を寄せあって喜んでいて、そして、デュールお義兄様が茫然と目を見開いていた。


「……呪いが、解けた」

「デュールお義兄様?」


 ぽつんと呟かれた言葉に、私が首を傾げるとデュールお義兄様は泣きそうな顔で両手を持ち上げて握り締める。


 まるで、手の感覚を確かめているようだ。


「身体を、ずっと痛みが蝕んでいた。指先はしびれて感覚があまりなかったのに、すごい、これが、聖女の力……!!」

「わっ」


 デュールお義兄様が喜びからか私を抱きしめる。


 驚いて目を白黒させている私の前で、ぎゅうぎゅうと私を抱きしめ続けている。


「すごい、すごいぞ、リーベ! 何をしても解けなかった俺の呪いも一緒に解いてしまうなんて! お前は本当に正真正銘の聖女だ!!」


 興奮しているデュールお義兄様から喜びがひしひしと感じられる。私も嬉しくなってその背に手を回した。


 その、タイミングで。


「リーベ……?」


 信じたくない、と声音を滲ませたパシェン様が、なぜか扉を開けて立っていた。


「パシェン様?!」


 素っ頓狂な声が口からこぼれた。同時にこの状況は危ないと悟る。


 だって、前後の流れを知らないと、絶対に誤解される!


 慌ててデュールお義兄様から距離を取った私の前で、無言でパシェン様が腰に腰に差していた剣を抜いた。


 パシェン様からの殺気が肌にいたいほど感じられる。私にすらわかるレベルだ。思わず私は声を上げた。


「誤解です、パシェン様!」

「殺す」


 私の必死の言葉も聞こえた様子もなく、完全に怒りで表情を染めあげて、パシェン様がデュールお義兄様に斬りかかる。


 デュールお義兄様は軽い仕草でひらりと避けたけれど、万一本当に切っ先が当たっていたらと考えると、とてもではないが冷静ではいられない。


 まってまってまって! 本当に誤解なの!


 王族の方を傷つけたら、いくらパシェン様が公爵で騎士団長でも処分は免れない。というか、処刑対象だ!


「パシェン様! 待って!!」

「私のリーベに手を出した罪、死んで償え」


 私の声は届いていない。完全にパシェン様の頭に血が上っている。


 私は再びデュールお義兄様に斬りかかろうとしたパシェン様を後ろから抱きしめた。


「パシェン様! お話を聞いてください!!」

「リーベ、止めるな」

「パシェン様!!」


 必死に縋り付く。振り払われはしなかったし、パシェン様は動きを止めてくれたけれど、抜いた剣はそのままだ。


 視界の端に入ったマリド伯爵とコーロル夫人の顔は青ざめていて、今にも卒倒しそうである。


 それはそうだ、自分の屋敷で王族相手に大立ち回りする騎士団長がいたら、誰でも気絶したくもなる。


「お前、本当に余裕ないな。家族の触れ合いだよ、あの程度」

「貴様……!」


 ひらりと手を振ったデュールお義兄様の言葉に、パシェン様が青筋を立てている。


 私は抱きついたまま、はらはらと見守るしかできない。


 でも、できれば火に油を注がないでほしいです……!!


「パシェン、浮気をしているのはお前の方だろう」

「なんだと?」

「ベーゼ公爵令嬢とのことを知らないとは言わせるつもりはない」


 その言葉に息を飲んだ。剣を降ろしたパシェン様に、そろりと手を放す。


 ……そっか、ベーゼ公爵令嬢のことは、後ろめたいと思っているんだ。


 後ろめたいと思うだけのものが、そこにはあるのだろう。


 落ち込む気持ちを自覚しながら、私は浅く息を吐いた。アミが目覚めて、デュールお義兄様の呪いが解けた喜びが消えるようだ。


「……頭を、冷やしてくる」

「……」


 立ち去る後ろ姿を呼び止める勇気はなかった。私は肩を落として部屋から立ち去るパシェン様の背中を黙って見送るしかない。


「すまない、リーベ」

「デュールお義兄様?」


 バツの悪そうな顔での謝罪に私はぱちりと瞬きをした。謝られる理由がわからない。


「お前にとって辛い話題をだしてしまった」

「……事実ではありますから」


 私はずきずきと痛む心を無視して、微笑んだ。デュールお義兄様が近づいてきて、ぽんぽんと頭を撫でられる。


「パシェンのことは一旦横に置いておこう。まだ、問題は終わっていない」

「はい」


 呪いのネックレスをおくった犯人をアミから聞きださなければならない。


 そうしなければ、この事件は終わらないから。


 そう頭では理解していても。


(パシェン様……)


 ソファで親しく寄り添いあっていたパシェン様とベーゼ様が頭から離れなくて。


 私はやっぱり、泣きそうな気持で一杯だった。

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