第六十八話・呪いのネックレスと聖女の力
翌日のお昼、デュールお義兄様が酒場まで呪術師の老人を迎えに行った。
私も同行したかったけれど、止められたのだ。
私がいると目立つし、アミのご両親に先に話を通す必要があるから、お屋敷に先に行って事情を説明して待っているように、と伝えられたので、大人しく従った。
アミのお屋敷に先ぶれを出して馬車で乗り付け、出迎えくれた執事に挨拶をして、室内に入った。
応接室に通されて、コーロル夫人とアミのお父様のマリド・フィリア伯爵に挨拶をする。
コーロル夫人とマリド伯爵の対面のソファに腰を下ろして、私は直球で切り込んだ。
「突然失礼しました。アミの件で一つ試してみたい治療があります」
「治療法が見つかったのですか?!」
前のめりになって声を上げたコーロル夫人の目元にはくまができている。眠れていないのだろう。
アミのことを考えれば当然だ。
縋るようなコーロル夫人の言葉に、私は一つ頷いた。
「怪しいお話に聞こえるかもしれませんが、アミが倒れた原因が『呪い』であると仮定して、呪術師の方を探しました」
「呪い……? 呪術師?」
怪訝な声を出したのはマリド伯爵だ。
この世界は剣と魔法のファンタジーの世界ではあるのだが、呪いというものは一般的に浸透していない。
「信じにくいお話だとはわかっています。ですが、一度私のことを信じては貰えないでしょうか。成功しなかったとしても、アミに悪影響が出ることはありません」
「……聖女であるリーベ様が仰ることでしたら」
真摯に訴えかけた私に、マリド伯爵は渋い表情はしていたが、それでも肯定の言葉を引き出せた。
ほっと胸を撫でおろす。
こういうとき『アミの親友』という事実以上に『聖女』という肩書が有効だと思い知らされる。
「デュールお義兄様がその方をつれてこられます。少々お待ち下さい」
「殿下が関わっておられるのですか?」
声音に驚愕を滲ませたマリド伯爵に私は微笑み返した。
これで少しでも貴族の間でのデュールお義兄様の株が上がればいいな、という下心が少しだけある。
「はい。私が相談した際に、親身になってお話を聞いてくださり、今回の呪術師の方を紹介してくださいました」
「殿下が……」
視線を伏せて考え込んだマリド伯爵と、沈黙しているコーロル夫人はきっとデュールお義兄様の悪い噂が脳裏を巡っているのだろう。
だけど、きちんとあの呪術師の老人が結果を出せれば、評価は一変するはずだ。
そう信じるしかない。
沈黙が降りる。静かに時間が過ぎるのを待っていると、暫くして執事が扉をノックした。
「旦那様、奥様、デュール王子がお見えです。お連れの方もおひとりいらっしゃいます」
「通してくれ」
執事の言葉にマリド伯爵が答える。頭を下げた執事が扉をいったん閉めて、ややおいて再び扉が開かれた。
そこには一般市民に紛れる格好をしたデュールお義兄様と、後ろには昨日の呪術師の老人がいる。
黒いローブを目深にかぶった明らかに怪しい恰好をした老人の姿に、マリド公爵の眉間に皺が寄り、コーロル夫人が不安そうにする。
私はソファから立ち上がって、あえて明るくデュールお義兄様と老人に話しかけた。
「デュールお義兄様、お迎えにいっていただきありがとうございます。今日はよろしくお願いします」
前半はデュールお義兄様をみて、後半は呪術師の老人を見て口にする。そういえば、私は老人の名前を知らない。
いまさら思い至ったが、ここで名前を尋ねる方がマリド伯爵とコーロル夫人の不信感を招いてしまう。
「アミの部屋に行きましょう。よろしいですか?」
マリド伯爵とコーロル夫人へと振り返って尋ねると、お二人は不安そうにしつつも頷いてくれた。
聖女の肩書は、それだけ強いのだろう。
アミの部屋に全員で移動する。ベッドの中にうずもれるようにして浅い呼吸を繰り返しながら眠っていた。
青白い顔が痛々しい。私はそっと呪術師の老人へと問いかける。
「どうでしょうか?」
「倒れた際に落ちていた品があると聞いておる。もってこい」
「はい」
聖女であり王女である私への遠慮のない言葉に、マリド伯爵とコーロル夫人ががぎょっとしているのは伝わってきたが、私は気にする性質ではない。
一つ頷いて、コーロル夫人へと問いかける。
「あのネックレスをこちらに持ってきていただけませんか?」
「え、ええ」
戸惑いつつも頷いたコーロル夫人が執事を呼び、保管しているネックレスを持ってくるように告げる。
暫くしてトレーに乗せられたネックレスが持ち込まれた。
「こちらです」
私がネックレスを示すと、老人はじっとネックレスをみた。
触れることはせず、そのままアミの傍へより、今度はアミの顔を見つめる。
ほどなくして、呪術師の老人は一つため息を吐いた。
「これはまた厄介だな」
「どういうことか説明を頼みたい」
デュールお義兄様が口を挟む。
老人はデュールお義兄様を一瞥した後、問題のネックレスを指さした。
「ネックレスは呪いの品だ。最初に触れた人間を呪うように呪いが編み込まれている。これは禁術だな。人を呪い殺すための」
「呪いは解けるのですか?!」
コーロル夫人が悲鳴のように問いを口にする。藁にもすがる気持ちは痛いほどわかる。私はただ、じっと老人を見た。
「儂には無理だ。呪いは基本的に術者を探さねばならん。呪いをかけた本人しか解けぬものだ」
「そんな……!」
ふらりと倒れかけたコーロル夫人をマリド伯爵が支える。その目には憎しみが宿っていた。
「ならば探し出す……! 大切な娘をむざむざと殺されてなるものか!」
吠えるように口にされた言葉にはアミへの愛情がある。私はそっと目を伏せた。
公爵令嬢だった時の私が、もし同じ状況に置かれたら、そのまま見捨てられていただろう。
自嘲の笑みが口元に浮かびそうになって、必死にこらえる。
場を諫めるように静かにデュールお義兄様が声を発した。
「だが、対処法はあるのだろう? 貴方ほどの人ならば」
問いかけに老人がにやりと笑う。そして、なぜか私を指さした。
「呪いを解く方法はある。ここには『聖女』がいるからな」
「……え?」
思わぬ展開に戸惑いの声を上げた私へ、呪術師の老人は自信満々に言い切った。
「女神の加護をもって祈ればよい。呪いは聖女に太刀打ちできぬ」




