第六十七話・呪いを操る老人
デュールお義兄様に呪いに詳しい人を紹介してもらうことになって、私は夜に再び王宮を抜け出した。
酒場に入る前にデュールお義兄様と合流したら、改めて上から下まで眺められる。
デュールお義兄様は街の人に紛れる格好をしていて、違和感なく街に溶け込んでいる。
「しかし見事だな。頭は知ってるが、胸はどうした?」
遠慮のない問いかけに私はフィーネの笑みで軽く笑う。
「布を巻いて潰してるんです!」
さらしのように布を巻いているのだ。この世界ではウィッグ同様に女性が胸を潰すなんていう発想もないから、見ただけで男装を見抜いたのはマーテル様くらいなものだ。
「なるほど。苦しくないのか?」
「少しは息苦しいですけど、それは仕方ないですから」
「ふーん」
まじまじと見られると少し恥ずかしい。私はデュールお義兄様の手を取って先を急かすことにした。
「さ! 行きましょう! 紹介してくれるんでしょう?」
「あ、ああ」
なぜか少し動揺している様子に反応に内心で首を傾げつつ、歩き出したデュールお義兄様と手を繋いで歩くのだった。
* * *
酒場に入る前に握っていた手を解いて、先導してくれるデュ―ルお義兄様の後ろからひょこひょことついていく。
デュールお義兄様は真っすぐにカウンターに向かった。懐から出した銅貨を数枚テーブルに置く。
「いつものやつをくれ」
「はいよ。勝手に使いな」
くいっと店主が顎で二階を示す。一つ頷いて階段に向かう後ろをついていく。
酒場の二階には上がったことがない。少しの好奇心で後ろから階段を上がって廊下を覗き込むと、明かりが届いていない薄暗い廊下がそこにはあって、私はごくりと唾を飲み込んだ。
「緊張するな。大丈夫だ」
「はい」
ぽん、と頭を撫でられる。ウィッグがずれるからやめてほしいといえる雰囲気でもないし、すぐに手が離されたので私は大人しく頷いた。
狭い廊下を歩いて、部屋の前を二つ通り過ぎる。三つ目の扉を開けた。ノックもしなくていいらしい。
「邪魔するぜ」
遠慮なく室内に踏み込んだデュールお義兄様についていくと、薄暗い部屋の中には、いかにも怪しげな老人がいた。
ベッドに座っている黒いローブを被った老人が、かすかに顔を上げる。
なんというか、前世で漫画で呼んだ黒魔術でも使いそうな雰囲気の人だ。いかにも呪術師という雰囲気をまとっている。
「またきたのか。今日は定期診察の日ではないだろう」
「相談があってきた。リーベ」
「事情は私が説明します」
デュールお義兄様の隣に並んだ私に、ローブの奥にある落ちくぼんだ老人の目がわずかに反応した。私には目を見開いたように見えた。
「珍しい。お前が誰かをつれているなど」
「義妹だ」
「リーベ・ヴァスリャスと申します。ヴァスリャス王家の末の娘です」
フィーネの姿なので男の服装ではあるが、つい癖で淑女の礼をした。ドレスの裾をつまもうとして、なにもないことに気づいて少し慌てる。
「ああ、そういうのはいい。固いことは苦手だ」
「失礼しました」
「……真面目な娘だ。本当にお前の義妹か?」
「まあな」
しゃがれた声がゆっくりと言葉を紡ぐ。少し驚いた様子でデュールお義兄様を見つめる老人に、私は事情を説明するべく口を開いた。
「デュールお義兄様から呪いというものがあると伺いました。私の親友が倒れたのに、呪いが関わっているのではないか、と推測して、お力をお借りしたいのです」
真摯に訴える私に、さして心動かされた様子もなく、ローブを身にまとった老人は皺の寄った手で顎をさすった。
「さて、それは報酬次第だ。ただ働きが一番嫌いでな」
「もちろん、対価をお支払いします。私に動かせるお金はさして多くありませんが、私に動かせる額の範囲でしたら、仰る額をお持ちします」
懸命に訴える私の言葉に、老人はちらりと私を見てから視線をデュール王子に動かした。
「そうか。……殿下、この娘の言葉は?」
「信じていい。素直だけが取り柄の義妹だ」
一つ頷いたデュールお義兄様の言葉を受けて、老人が小さく息を吐きだした。
「よかろう。報酬を貰えるのであれば、仕事はしよう」
「ありがとうございます!」
一縷の希望が見えた。声を弾ませた私から顔を背けて、老人が口を開く。
「明日、昼にこい。もう夜も遅い、儂は寝る」
そう告げてベッドに横になった老人の就寝の邪魔をしないように、私はデュールお義兄様と共に部屋を後にした。
* * *
王宮への帰り道、私たちは並んで歩きながら、ぽつぽつと話をしていた。
「俺は偶然あの人に出会って、命を長らえた。見るからに怪しいが、信頼していい」
「はい。デュールお義兄様の言葉を疑ったりはしません」
短い付き合いだが、デュールお義兄様が優しい人であることは伝わってきている。
体を蝕む呪いのせいで、多少卑屈になっているところもあるような気がするが、生来の性格はとても穏やかなのだろう。
「デュールお義兄様の呪いは……」
「俺のは無理だな。あの人ですら解呪できない」
軽く肩を竦めての言葉には悲壮感がない。それが余計に違和感をもたらした。まるで、死を受け入れているようだ。
「……私は」
「うん?」
「デュールお義兄様に、長生きしてほしいです」
小さく呟いた私の言葉に、隣を歩くデュールお義兄様が息を飲んだのが伝わってきた。そして、ぽんと再び頭を撫でられる。
「嬉しいよ、ありがとう」
「……はい」
アミの件が落ち着いたら。私も探さなければ。デュールお義兄様の命が助かる方法を。
(きっとあるはずなの)
みんなで笑いあえる未来、デュールお義兄様が心から憂いなく笑える世界が。




