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虐げられた男装令嬢、聖女だとわかって一発逆転!~身分を捨てて氷の騎士団長に溺愛される~  作者: 久遠れん
第二章

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第六十六話・改めて確認した感情(デュール視点)

『お義兄様にも協力をお願いしてきます』


 そう告げてパシェンの元に行った姿を見送って、俺は浅く息を吐き出した。


(……暗躍している人間がいるな)


 リーベを狙っている人間がいることは確実だ。


 あの子は聖女であり王女だ。恨みはどこからでも湧いてくるだろう。


 たとえ立ち回りを間違えなくとも、勝手に逆恨みをする人間は腐るほどいる。


(あの伯爵令嬢、助かるといいが)


 リーベはずいぶんと心配しているようだし、王族としてこれから交友関係を広げることが難しいあの子にとって、公爵令嬢時代からの友人は貴重だ。


 失ってはいけない。助けるために俺も全力を尽くす。


 だが、それとは別の部分で、羨ましいと感じる自分がいた。


(俺には、呪いを解くために奔走してくれる人など、いなかったからな)


 父たる国王や母たる正妃に愛されている自覚はある。腹違いの義弟エクセンだって、俺を慕ってくれている。


 だが、俺に掛けられた呪いの存在を知る者はいない。


 俺は自力で自身に掛けられた呪いに辿り着いた。そして、それをいままでひた隠しにしてきた。


 呪いの進行を遅らせるために、酒場に入り浸るダメな王子を演じ続けた。それは、一重に弟のエクセンが王太子たりえる器だったからだ。


(あいつに任せておけば、この国は安泰だ)


 心からそう思っている。だから、俺は万一にも『再びデュール殿下を王太子に』などといわれて、王宮での派閥争いが起こらないように立ち回っている。


 悪評がたっても構わない。むしろ、望むところだ。そう思っていた。


 リーベに出会うまでは。


(不思議な子だ)


 ただ真っ直ぐに、ひたむきに、一生懸命に。


 努力していると耳にしていた。机にかじりついて勉強をして、厳しい家庭教師の指導に耐え、母である正妃からも直々に教えられているのだと。


 俺が義妹の足を引っ張るわけにはいかない。そう考えて、あえて距離を取っていた。


 だが、リーベは俺に接触してきた。


 男装などという予想外の方法を使って、街まで降りて俺が入り浸っている酒場に突撃してきたのだ。


 面白い、と思った。面白い子が義妹になったな、と。


 同時に嬉しかった。こんな今の俺でも気にかけてくれる優しさに、喜びを感じた。


 それとなく母にリーベの話を尋ねた。


 久々に俺の方から話しかけたことに、母はずいぶんと喜んで、俺が義兄だから、というのもあるのだろうが、色々と教えてくれた。


 俺が教えられた彼女の人生は、平坦なものではない。


 苦難と辛苦に満ちた、辛いものだった。


 それでも逆境から抜け出すために、できる努力を全て実行した。


 奇想天外なアイデアで頭にかぶる髪の束を作って、外見を誤魔化し、騎士団に入団していたと聞いた時は思わず笑いだしそうになったものだ。


 俺の義妹はすごかった。


 めげることなく、挫けることなく、折れることなく。


 ただ、ひたすらに努力を続けた、得難い子供だ。


(成人しているとはいっても、まだまだ幼い部分が目立つしな)


 外界と隔絶されて育った影響か、言動にたまに幼さがのぞく。


 そういうところも庇護欲をそそるのだが、危なっかしいと感じる場面もあった。


(……パシェンの婚約者、か)


 再び息を吐き出して、膝を組みなおす。


 冷めた紅茶の入ったカップを眺めつつ、俺は思考をさらに巡らせた。


(気に入らないな)


 リーベという婚約者がいながら、蔑ろにしている。その事実にたまらなく腹が立つ。


 俺だったら。俺、だったら。


「リーベを、泣かせたりしない」


 ぽつんと呟いた言葉は、小さすぎて自分の耳に入るのがやっとだった。


 あの子にはいつだって笑っていてほしい。リーベが笑って過ごせるなら、パシェンの隣でもよかった。


 だが、そのパシェンが誰でもないあの子を泣かせるなら。


「……奪ってやるかな」


 それはそれで楽しそうだ。小さく笑って、俺はイスから立ち上がった。



***



 王宮をなんとなく散策していると、リーベが駆け足で歩いてくるのが見えた。


 ギリギリ走っていないと言い張れるレベルの急ぎ足だ。


「リーベ?」


 顔を伏せている様子を不思議に思って名を呼ぶ。俺が名前を呼んだことで顔を上げたアメジストの瞳は潤んでいて、頬には涙が伝っていた。


「どうした」


 低い声が零れ落ちた。リーベが動揺して泣く理由など、今は一つしか心当たりがない。


 涙を流しながら気丈に微笑もうとして、失敗した笑顔で俺に笑いかけた。


「デュールお義兄様、パシェン様が、ぱしぇん、さま、が……!」


 言葉に詰まったリーベがその場に立ち尽くしてほろほろと涙をこぼしている。


 俺は駆け寄って肩に手を置いた。

 

 顔を上げたリーベの涙にぬれた表情すら愛おしく感じるのだから、俺は大概絆されている。


「パシェンがどうした」

「……ベーゼ様と、その」


 そこまで口にして黙り込んだ。俺はリーベの後ろからかけてくる人影を睨む。


 リーベより俺の方が頭二つ分は身長が高い。


 俺が背後を睨んでいることに気づく様子もなく、リーベは言葉を零した。


「したしく、されていて」


 ずいぶんと濁した言葉だが、つまり浮気の現場を目撃したということだ。


 俺は視線だけで人が殺せるのではないかと思うほど、眼差しに刃を潜ませて、唖然と佇む男――パシェンを睨んだ。


 パシェンに聞こえるように、あえて少し大きな声を出す。


「大丈夫だ。俺が傍に居る」


 パシェンが唇を引き結ぶ。握り締められた拳は距離があっても震えているのが見えた。


 何様のつもりなのか。俺はさらに言葉を続けた。


「浮気者のパシェンのことなど、放っておけ」

「デュールお義兄様……!」


 わっと俺に泣きついてきた。胸元に縋り付く頭を撫でてやりながら、悔しそうに佇むパシェンを一瞥する。


 この場から離れたほうがいいと判断して、俺はリーベを横抱きにして抱き上げる。


「?!」

「部屋まで送っていく。こういうときは頼ってくれ」

「……はい」


 リーベの頭を胸元に寄せて、俺が遮る形でパシェンが目に入らないようにする。


 俺の行動に疑問を抱いた様子はなかった。


 パシェンを一人廊下に置き去りにして、俺は足早にその場を去ったのだ。



* * *



 抱き上げたリーベに宛がわれた部屋に戻る。


 ソファにそっと下すと、リーベはまだはらはらと涙を流していた。


 隣に腰を下ろして、ポケットに入れていた母からもらったハンカチを取り出す。


 白い布に青い鳥が刺繍されたハンカチは、別に俺の好みではないのだが、今日ばかりは持ち歩いていてよかったと思う。


 そっと差し出したハンカチをリーベは「ありがとうございます」と涙声で受け取って目元を抑えた。


「無理をしない方がいい」

「ありがとうござます、デュールお義兄様」

「俺で良ければ話を聞くから、すべて吐き出してしまえ」

「……はい」


 一つ頷いてぽつりぽつりと自分が目撃したパシェンとベーゼ嬢の密会の現場のことをリーベは話はじめた。


 聞けば聞くほど腸が煮えくり返る気持ちになる。


 パシェンは一体何を考えているのか。いや、知りたくないな。


 リーベという愛らしい婚約者がいながら、他の女に浮気をする男のことなど。


 気づけば、つい俺は口を開いていた。


「パシェンとの婚約だが」

「デュールお義兄様」


 俺の言葉を遮るように、いや、実際のところ遮って、リーベが俺の名を呼んだ。


 口を噤んだ俺の前でリーベは微笑んでいる。綺麗な笑みだ。涙の跡すら美しい。


 気丈に振る舞っているのが、よく伝わってくる強い女性の笑み。


「私、パシェン様のことが好きです」


 ずきりと心臓が痛んだ。聞きたくない、と思っている。今すぐその口を塞いでしまいたい。


 だが、俺にはそれができない。俺はただ、黙して次の言葉を待った。


「パシェン様のことを、お慕いしています」


 はっきりと口にしたリーベに俺は困ったように微笑んでしまった。


 そうか。そう、か。


 リーベがそういうのなら、俺はその想いを尊重したい。


 一方で。


(次はないぞ、パシェン)


 次にリーベを泣かせれば、強引に俺が奪ってやろう。


 心の中でそう決めて、俺はさらさらの金色の髪を撫でた。

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