第六十五話・加速する誤解と嫉妬(パシェン視点)
リーベが、デュール王子と二人きりで会っている。
その知らせを私にもたらしたのは、リーベ付きのメイドの一人だった。主人の情報を漏らすなど言語道断の行いだが、私は叱責することができなかった。
メイドはデュール王子とお茶会に行く告げて姿の見えないリーベを探して私を訪ねてきていて悪気があったようではなかったし、実際、リーベはデュール王子と王宮の庭園のガゼボに二人きりでお茶をしていた。
二人の話が聞こえないだろう位置にメイドたちが控えてはいたが、私の目からすれば、なぜ二人きりで、と思ってしまう。
(リーベは最近様子がおかしい。……私ではなく、デュール王子に惹かれたとでもいうのか)
リーベをデュール王子にとられるかもしれないという焦りが、私の足を止めた。
本当はお茶会に割り込んでしまいたいのに、リーベから拒絶されるのではと思うと、恐ろしくて足がすくむ。
結局私はその場から逃げるように立ち去った。
リーベはデュール王子から贈られたと思わしきバレッタをとても大切にしている。最近は私に見せつけるかのように、ことあるごとに身に着けているのも知っていた。
(……面白くないな)
苛立っている自分を自覚する。苛立ちのままに荒い足音を立てつつ、私は騎士団長に宛がわれる王宮の執務室に引っ込んだ。
どかりとソファに腰を下ろして、前のめりになって膝に肘をついて顎に手を当てて、私は考えを巡らせる。
(前からリーベがデュール王子を気にかけていたことは知っていたが、あくまで義兄となった相手への敬意だと想定していた。違うというのか)
私に黙って男装して街に降りてまで接触しているのだ、後ろめたい思いはあるのかもしれない。思考はどんどんと嫌な方向に流れていく。
(私よりデュール王子のほうがリーベにとって魅力があると……? いや、確かに私は朴念仁ではあるのだが)
自分が気の利かない性質だという自覚はさすがにある。クルールにも散々言われているし、エクセン王子にだってたまに釘を刺される。卑下しているわけではなく、それはただの事実だ。
だが、一方で。
私なりにリーベをとても大切にしてきた。その想いが裏切られるのは、いささかなりとも我慢できない。
「……チッ」
無意識のうちに舌打ちが零れた。普段滅多に舌打などしないのだが、それだけ感情が逆なでされている。
いっそ、デュール王子さえいなくなれば――リーベは再び私へと振り返ってくれるだろうか。
危険な方向に傾きかけた思想を現実に引き戻したのは、扉を開ける音だった。
「誰だ」
「お邪魔しますわ、パシェン様」
妖艶な笑みを浮かべてノックもせず室内に入ってきたのは、ベーゼ公爵令嬢、元私の婚約者候補の一人だった。
「何の御用ですか。ノックもなしに入室してくるなど」
今の私は自覚があるほど機嫌が悪い。低い声で告げた私に、けれどベーゼ公爵令嬢は怯むことなく軽い足取りで私へと近づいてくる。
私は考え込んでいた姿勢から、真っ直ぐに背を伸ばした。弱みはこれ以上みせられない。
「パシェン様が傷ついておられるのでは、と思いまして。慰めに参りましたの」
「必要ない」
「そう仰らないで。リーベ様に裏切られたのでしょう?」
甘い毒を吸っている気分だ。
義母だった人のような男に媚を売る声音。ベーゼ公爵令嬢は明確に私が嫌いな人種だ。軽やかな足取りで私に近づいてきたベーゼ公爵令嬢は、ソファの私の隣にこれまた許可も取らずに腰を下ろす。
私は自分より低い位置にあるベーゼ公爵令嬢に絶対零度の眼差しを向ける。
「お引き取りを。貴方に構っている時間はない」
「ふふ、そう身構えないでくださいませ」
するり、私の腕に自身の腕を回して、ベーゼ公爵令嬢が微笑む。ベーゼ公爵令嬢は金にものを言わせた手入れで、綺麗な顔立ちをしているとは思うが、それだけだ。私の琴線には何も引っかからない。
だが、あまり無下にもでいない存在だ。
四大公爵の一つ、ベーゼ公爵令嬢の父トイフェ公爵には義父のせいで借りがある。主に金銭面に関しての負債の返済が終わっていないのだ。
陛下から公爵の爵位を継ぐ際に命じられた荒れた領地の立て直しは、一朝一夕ではできない。領民に寄り添った統治をすることで、少しずつ領地と領民の生活は立て直せていると領地に派遣している部下からは報告を受けているが、それだって領地の運営が軌道に乗るまでは莫大な金がかかる。
それらの金銭の援助を、私は他の四大公爵家に申し入れていて、全ての返済が終わるにはそこそこの時間が必要だった。
荒れた領地と領民を思えばこその施策だったのだが、私が強く出れないことに付け上がったベーゼ公爵令嬢の存在が邪魔で仕方ない。万一にもリーベに目撃されて、勘違いが生まれては取り返しがつかない。
「お引き取りを」
「ふふ」
私の強い拒絶にもベーゼ公爵令嬢はただ微笑むだけ。しな垂れかかってこられると鳥肌が立つ。私が立ち上がって振り払おうとしたタイミングで扉がノックされ、開けられた。
「パシェン様、ご相談が……っ?!」
そこには、大きく目を見開いたリーベが、唖然とした表情で立っていた。




