第七話・クソババア
騎士団での雑用という名の仕事を終えて、理解ある友人のお屋敷で着替えての帰宅。
だが、今日は間が悪かったらしい。
公爵家の扉を開けた瞬間、これから夜会にいくらしきお母様に出くわした。
げんなりした気持ちで余所行きの表情を作る。
向こうは目に見えて眉間に皺をよせ、ばさりと広げた扇で口元を隠した。
「不出来な娘だとは知っていましたが、毎日毎日遊び惚けて、全くだらしがない。まかり間違っても男など作らないように。貴方の存在価値など、結婚しかないのですから」
罵倒の言葉は腐るほど聞いてきたが、騎士団に所属して日中を不在にすることが多くなってからはあまり聞いていなかった。
遊び惚けているのはどちらなのか。
公爵家の権力を傘にきて、夜会を渡り歩いているだけのババアの癖をして。
だが、反論すれば食事を抜かれるのは目に見えている。
お腹が空くのには耐性があるが、残飯とはいえご飯は食べれないと困る。
騎士団で体力を消費しているから、少しでもカロリーは摂取しておきたい。
「全く、お前ときたら魔力適性がないくせに、さして美人でもない。誰に似たのか」
美人だと思いますが?! 昔から私は可愛かったですが?!
鏡に映る自分を見て、いまだに「はわ、美少女がいる!」と思う程度にリーベの顔面は整っていると思いますが?!
節穴な目を持っているのはどちらでしょうね。厚化粧しか取り柄のないババアのくせに。
「精々、結婚支度金で親孝行をなさい」
あーあーあー、結局最後はお決まりの一言。
この母親は本当に私のことを金づるとしか思っていない。
まぁ、金づるになるから辛うじて生かされているんですけど!
怒りは内心に押し込めて、にこにこと笑い続ける。笑顔で武装し続ける。
母親は吐き捨てるように「不気味な顔だこと」といって私の横を通り過ぎた。
(はああああ~~~)
つっかれた! 精神的に疲れた!!
罵詈雑言には随分慣れたと思っていたけれど、やっぱり正面から言われると多少疲れる。
言い返せないからなおさらだ。
深く息を吐き出していると、背後から名を呼ばれた。
「リーベ」
お義兄様の声だ。振り返る前に笑顔を作らないといけない。
私は気持ちを切り替えて、対お義兄様用の笑顔を浮かべる。
「どうされました、お義兄様」
「先ほど義母上と庭ですれ違った。……大丈夫か?」
「はい。問題ありません」
問題しかないが! だけど! お義兄様に愚痴をいうわけにはいかない。
だって、お義兄様は公爵家の跡取りとはいえ、養子なのだ。
両親はそれなりに優秀なお義兄様を大切にしているけれど、お義兄様が両親に対して口答えをすれば、立場が悪くなる。
今のお義兄様はあくまで跡取りであって、公爵ではない。
公爵である父には騎士団の団長の地位があっても、対抗は難しい。
笑え、お義兄様に心配をかけるな。
にこにこと微笑み続けていると、お義兄様はまるで自分が傷つけられたかのような痛みをこらえる瞳をした。
「……そうか」
「はい」
素っ気ない会話。でも、これが私たち義兄妹の距離感だ。
「私は夜も仕事がある。軽く食事をとったらまた出る」
「わかりました。お気をつけて」
騎士団の下っ端でまだ日中の雑用しかやらせてもらえない私とは違って、お義兄様には夜勤がある。
食事を食べに帰ってきたのだろうと食堂に向かうお義兄様を見送って、はて、と私は首を傾げた。
(……騎士団にも食堂はあるのに、わざわざ帰宅したのは私の様子を気にかけてくださったから?)
いやまさか。都合のいい妄想は止めておこう。
誰かに期待して落胆するのには、もう疲れたから。




