第六十四話・第一王子デュールとの協力
アミが倒れたことに何かしらの関係がありそうなネックレスは、フィリア伯爵家で厳重に保管し、原因を分析するのに使うとコーロル夫人が告げたので、できることが何もない私は馬車を使って王宮に帰宅した。
クルール様が駆け付けたのがずいぶん早いと思っていたが、クルール様は騎士団での愛馬で乗り付けていたらしく、帰り道も馬に乗って帰っていったので、私は一人で馬車に揺られた。
馬車を降りて御者を労い王宮に戻ると、部屋の前でなぜかデュールお義兄様が待ち構えている。
「デュールお義兄様? どうされたのですか?」
不思議に思って尋ねると、デュールお義兄様は真剣な眼差しでじっと私を見つめてきた。王族特有の金の瞳が真っ直ぐに私を映している。
「ずいぶんと慌ただしくて出ていったと聞いて、気になったんだ」
デュールお義兄様の口調は街の酒場で会った時のそれだ。恐らく、こちらが素に近い喋り方なのだろう。
私は浅く息を吐き出して、弱り切った笑みを浮かべる。デュールお義兄様に対して、虚勢を張る必要はないと判断した。
「場所を変えましょう。そうですね、庭園のガゼボなどどうですか?」
「いいな。そちらに行こう。ついでに茶でも飲むか」
「私からメイドに申し付けましょう。先に行かれていてください」
「ああ」
第一王子であるデュールお義兄様は私より身分が上だ。
そうではなくとも義兄である人なので、私が動くのが当然である。
ひらりと手を振って立ち去る姿を見送って、私は部屋に入った。部屋の中で待機していたメイドに「デュールお義兄様とお茶をすることになったので、庭園のガゼボに準備をしてちょうだい」と告げる。
メイドは深々と頭を下げて了承の言葉を返して退出した。
私はドレッサーの前に座って、身なりを整える。朝、支度をきちんとしているから、気にするところはないと思うけれど、ばたばたと移動してしまったので、念には念を入れて。
今の私は聖女であり、王女なのだ。外見に関しても、少しの緩みだって許されない。
髪が乱れていないかなどをチェックして、ドレッサーの前に置いたイスから立ち上がる。
デュールお義兄様をあまり待たせるのも良くない。早めに庭園に移動しよう。
* * *
王宮の綺麗な庭園が見渡せるガゼボに着くと、すでにデュールお義兄様が膝を組んで待っていた。
その姿はエクセン王子が膝を組んでいる姿とよく似ていて、ああ、やっぱり兄弟だな、と思わせる。
「お待たせしました、デュールお義兄様」
「気にしなくていい。さして待ってはいない」
私と一緒にやってきたメイドが引いたイスに腰を下ろす。メイドがティーセットを準備して、紅茶がカップに注がれた。
役目を果たしたメイドに下がるように伝えると、彼女たちは話が聞こえない位置まで下がって待機してくれる。
さすが王宮仕えのメイドである。公爵家で私の悪口を聞こえるように噂していたメイドたちとは大違いだ。彼女たちは過不足なく、自分たちの仕事をしっかりとこなすように教育されている。
「それで、一体どうされたんですか?」
「……お前の親友が倒れたと聞いた」
一拍の沈黙を挟んで、デュールお義兄様が密やかに告げた。私は視線を伏せて「その通りです」とデュールお義兄様の言葉を肯定する。
すでにデュールお義兄様の耳にまで、アミが倒れたことは伝わっている。噂として広まるスピードがずいぶんと速い。
「噂好きの貴婦人が、お前の親友はお前宛ての荷物を受け取ったともいっていたな」
「はい、その通りです」
「その品はなんだった?」
金色の瞳が触れれば切れるような鋭さをもって私を見つめている。私は少し迷った末に、正直に「ネックレスです」と伝えた。
「つまり、狙われたのはリーベ、お前だ」
「はい」
それはフィリア伯爵家でも言われた言葉だ。私が一つ頷くと、デュールお義兄様は腕を組んでため息を吐いた後、再び私を見据えて口を開いた。
「俺は、そのネックレスが呪いの品じゃないかと睨んでいる」
「え?」
思わぬ言葉に、私は小さく目を見開いた。デュールお義兄様の新緑の髪が風に揺れる。デュールお義兄様は、軽く頭をふって、浅く息を吐き出した。
「俺が王太子の座を退いた理由を、知っているか」
「魔力検査の結果を受けて、と。それと……お身体が弱いのだ、と」
私が王家に養子入りした際に教えてもらった情報を口にすると、デュールお義兄様はテーブルの上のカップに手を伸ばして、もう一度ため息を吐いた。
「俺はな――呪われている。恐らく、もう少しで死ぬ」
「えっ?!」
物騒な発言に、思わず大きな声が出た。慌てて控えているメイドたちの様子を確認する。その場から動いていないことを認識して、私は声を潜めた。
「どういうことですか? 呪い、とは」
「お伽噺の話だと思うだろう? だが、本当だ。街の呪術師に見てもらっていてな。俺が酒場に出入りしているのは、それが理由だ」
お酒が飲みたくて酒場に入り浸っているわけでも、荒れているから街で遊んでいるわけでもない。言外にそう告げたデュールお義兄様の言葉に、私は浅く息を飲んだ。
デュールお義兄様は一口紅茶を口に含んで、再び話し出した。
「医者では治せない。まぁ、手練れの呪術師でも呪いが身体を蝕む速度を落とすのが精々ではあるがな。だが、そのおかげで俺はまだ生きている」
「呪いを解く方法はあるのですか?」
前のめりになりそうな気持をぐっとこらえる。あくまで優雅にお茶をしているようにみせなければならない。王宮勤めのメイドたちは口が堅いが、それでも情報はどこから漏れるかわからないから。
「あればとっくに俺の身体は治っている。俺には効果のない方法だが――お前の親友は、効果があるかもしれない」
「どういうことでしょうか」
「呪っている術者を探し出すんだ。口封じに殺されていなければ、呪いは解呪できる」
裏返せば、呪いが解呪できないデュールお義兄様は、術者が口封じに殺されているということだろうか。
私の戸惑いが表情に出ていたのか、デュールお義兄様は浅く笑った。自嘲のような、悲しげな笑みだ。
「俺の場合はまた少し違う。まぁ、今は俺の話はどうでもいい。お前が術者を探すというのなら、俺も協力しよう」
「お願いします……!」
アミを助けられるかもしれない。一縷の希望がもたらされて、私は縋る気持ちでデュールお義兄様の提案を頼った。
デュールお義兄様はカップをソーサーに戻して、ニヒルに笑う。悪い笑みだ。
「いいだろう、今度俺の夜遊びに付き合ってもらうぞ」
「望むところです」
挑戦的な笑みを浮かべたデュールお義兄様に、私もふわりと微笑み返した。王女として獲得した、少しだけ人を試す笑み。
お互いに互いに挑発的な笑みを浮かべて、一拍置いて同時に噴き出す。
「ふふ」
「はは! お前やっぱり面白いな!」
くすくすと笑いながら、私たちはいつ王宮を抜け出すかの相談をしていた。
一件和やかに話しているように見える私たちを遠くから見つめる、空色の瞳に気づくことなく。




