第六十三話・呪いの品
フィリア伯爵家の応接室に入ると、すでにクルール様がソファに座っていた。
コーロル夫人と私が執事の開けた扉から入ってきたのを見て、クルール様が立ち上がる。
騎士の礼を取ったクルール様に、コーロル夫人が声をかけた。
「どうぞ、お座りになってください」
「ありがとうございます」
コーロル夫人と私がソファに腰を下ろしたのを確認してから、ソファに座りなおしたクルール様へコーロル夫人が問いかける。
「アミの件でお話があると聞きました。聞かせてください」
「はい。噂好きの貴婦人から聞いたのですが、アミ伯爵令嬢は最近贈り物を受け取られてはいませんか?」
「贈り物、ですか?」
「ええ」
クルール様の真剣な声音に、コーロル夫人が戸惑っているのが伝わってくる。
アミが倒れた件と贈り物の話が結びつかないのだろう。だけど、私はクルール様がこういう場面で余計な話題を振るとは思わない。
「コロール様、心当たりはありますか?」
私からも問いを重ねると、コロール夫人は口元に手を当てて考え込んだ。
コロール夫人の傍に控えていた執事がそっと口を開いた。
「わたくしに心当たりがございます。昨夜出席された夜会から、アミお嬢様は荷物を一つ持ち帰られました」
「そうなの?」
「はい、間違いありません」
コロール夫人の言葉に、老齢の執事が深く頷く。昔からフィリア伯爵家に仕えている牢執事は、私の目から見ても誠実で信頼に値する人だ。フィリア家でも重宝されているとアミからも聞いている。嘘をつく理由がない。
「その荷物を拝見できませんか?」
クルール様の申し出にコロール夫人が頷く。
「持ってきてもらえる?」
「畏まりました」
執事が一礼して部屋を出ていく。沈黙が降りる。居心地が悪い静寂だ。だが、状況を考えれば当然だ。ここで話題を出す方が不自然である。
私は落ち着かない気持ちで執事が戻ってくるのを待っていた。時計の針の音だけが静かな部屋に響いている。
ずいぶんと長く感じる時間を経て、執事が応接室に戻ってきた。その手にはトレーを持っていて、白い布の上にネックレスが置かれている。
執事は静かにトレーを応接室のローテーブルの上に置いた。私の目から見ても、流行を捕らえたセンスのいいネックレスだ。小さな宝石が散りばめられた、明らかに高価な一品である。
「これをアミが?」
驚きの声がコロール夫人から零れ落ちた。
アミは伯爵令嬢ではあるのだが、フィリア家は我が家とは別の意味で財政が傾いていると愚痴をこぼしていた。その話は私が王家に養子入りしてからは初めて打ち明けられた事柄の一つだ。
だから、こんなにも明らかに高価なものはフィリア家ではそうそう目にしないのだろう。
私だって、正妃様が「王族たるもの、流行の最先端をとらえ、常に流行を作らねばなりません」と王族教育の一環で貴族社会での流行を教えてもらう中で、高価なアクセサリーにたくさん触れていなければ驚いただろう。
「はい。こちらがアミお嬢様が持ち帰られた品だとメイドから報告を受けております。――また、倒れられたアミお嬢様の足元に、こちらのネックレスが落ちていた、とも報告されました」
「どういうことなの」
戸惑っているコロール夫人が、まじまじとネックレスを見つめる。私もネックレスに視線を向けた。
少し、嫌な感じがする。胸がざわつくというか、よくないもののような気がした。
でもそれは『倒れたアミの足元に落ちていた』という事前情報を得ているからこその違和感かもしれない。人間、先入観があると、正常な判断は難しい。
「口にしにくい話なのですが」
クルール様が前置きを口にした。ちらりと視線が向けられる。クルール様の燃えるような赤い瞳に、少しの怒りが垣間見えた。
「私が聞いた話では、アミ令嬢はリーベ様への贈り物を託された、と」
「私……?」
突然の飛び火に私は息を飲んだ。目を見開き茫然とする私に、クルール様は苦しげに眉をひそめている。
「もしかしたら、狙いはリーベ様だったのかもしれません。アミ令嬢は、リーベ様にお渡しになる前に違和感を覚え、中身を開けてしまった。その結果が、今だとしたら」
「私のせいで、アミが」
ふらり、眩暈がした。前のめりになって額を抑えた私の隣で、コロール夫人が気丈に言葉を口にする。
だがその内容は、到底私にとって受け入れられるものではない。
「それならば、アミはリーベ様への悪意の防波堤になったということです。伯爵家の令嬢として、リーベ様と親しい友として、これ以上の褒章は」
「コロール様!!」
私は悲鳴を上げるようにコロール夫人の名を呼んだ。反射的に勢いよく体を起こして、コロール夫人の手を取る。
「そんなことを仰らないでください。アミは私にとって唯一の対等な友人です。アミを私の為に犠牲にしようなんて思いません!」
「リーベ様……」
「コロール様、申し訳ありません。私のせいで、アミが、アミが……!」
涙をこらえる。今泣きたいのは私ではない。それでも言葉は喉の奥に絡んで詰まってしまう。
言葉を続けられなかった私の前で、アミと同じ桃色の瞳に涙を滲ませて、コロール夫人はあくまでも気丈に振る舞っている。
「そこまでの過分なお言葉、きっとアミも喜びます」
「コロール様……」
「アミが眠っている理由はネックレスのせいだ、と仮定して、医者と相談いたします。リーベ様、あまりご自身を責めないでくださいませ」
「……」
あくまでも私を聖女であり王女として扱うコロール様の言葉は、きっとクルール様という第三者がいる前では正しい。
それでも、私はそうは割り切れない。大切な友人が私のせいで倒れたのなら、私の責任だ。
ぐっと唇を噛みしめる。
私にできることが、なにかないだろうか。
こんなとき、王女の肩書も、聖女の肩書も、なんの役にも立たない。
むしろ、邪魔なだけだ。コロール夫人は私をなじりたいだろうに、それすらできないのだから。
私は無力感に苛まれながら、ただ項垂れることしかできない。




