第六十二話・倒れた伯爵令嬢
午前の勉強を終えて、昼食を摂りに移動していたさい、慌てた様子のクルール様が私を呼びに来た。
「リーベ様、お耳に入れたいことがあります」
早足で私に近づいてきたクルール様が私に近づいてきて、耳打ちをする。
「アミ伯爵令嬢が倒れたらしい」
「っ?!」
息を飲んで目を見開いた私がクルール様を見上げると、クルール様は険しい表情をしている。少し私から距離を取ったクルール様が、改まった敬語で私に尋ねてくる。
「見舞いに行かれますか? この後の予定は私から侍従長に伝えましょう」
「お願いします。私はアミの元に行きます」
「畏まりました」
私は王女でクルール様は副団長とはいえ、騎士だ。距離のある会話は仕方ない。
それに、いま私が心を寄せるべきは倒れたアミだ。私は近くに控えていたメイドに声をかける。
「フィリア伯爵家に向かいます。馬車の用意を」
「畏まりました」
深々と頭を下げたメイドが急ぎ足で去っていく。クルール様が「馬車まで送るぜ」と人目がなくなったことで砕けた口調で告げた。
「クルール様、知らせてくださってありがとうございます」
「このくらいはな。侍従長に伝えて、パシェンの耳にもいれたら、俺もフィリア家に向かう」
「わかりました」
早足で歩きながら会話を交わす。曲がり角でクルール様と別れて、私は足早にアミの元へ向かうために準備してもらった馬車へと乗り込んだ。
* * *
馬車でアミの家についたが、フィリア伯爵家はバタバタとしていた。
当然だ、娘が突然倒れたのだから。
出迎えには執事が出てきたが、焦りが表情に出ている。私は「お構いなく。アミに面会したいから、許可を頂きたいの」と申し入れた。
執事はアミの父親である伯爵に確認を取ってくれて、伯爵の許可を得て私はアミの部屋に入った。
アミの部屋の中には、アミのベッドの傍にアミの母親と医者がいて、メイドがつかず離れずの位置で待機していた。
アミのお母様のコロール伯爵夫人はアミのベッド横にイスを置いてアミの手を握っている。
「リーベ様、申し訳ありません。お構いもできず」
「気になさらないでください。アミの様子はどうなのでしょうか」
私はそっとアミの傍に寄った。コーロル夫人の隣に立つ。コロール夫人はアミと同じ桃色の髪を持つ穏やかな人なのだが、かなり憔悴しているように見えた。
突然愛娘が倒れれば、動揺するのは当然だ。私はベッドで横になっているアミの顔色を見る。
いつも元気なアミからは想像できないほど、青ざめた顔色で浅い呼吸を繰り返しているのが見える。
「お者様、アミは一体なんの病気なのですか?」
私が傍に控えている医者を見上げて尋ねると、医者は眉をひそめて口を開いた。
「寝ているだけ、としか私には言えないのですよ」
「寝ているだけ……?」
私は医者の言葉を繰り返して、再びアミに視線を戻す。こんなに顔色が悪くて、呼吸も浅くて、それでただ寝ているだけ、なんてあり得るのだろうか。
(でも、お医者様が仰るのなら、そうなのだろうけれど……)
違和感がぬぐえない。でも私と違って、きちんと勉強したお医者様の判断が間違っている可能性の方が低い。
いくらこの世界の医療基準が前世より低いとは言っても、私には専門的な知識などないのだから、医者の判断を信じるしかないのだ。
扉がノックされ、私のことを出迎えたフィリア家の執事が姿を見せた。
「奥様、第一騎士団副団長のクルール様がいらしております。アミ様が倒れられた件でお話がしたいと」
「その方は応接室にご案内して。殿方ですから」
「畏まりました」
恭しく頭を下げた執事が下がったのを見て、コロール夫人がイスから立ち上がった。
「リーベ様もご一緒されますか?」
「はい、ぜひ」
「わかりました。どうぞ、こちらへ。ご案内します」
アミのお屋敷の間取りは一時期頻繁に出入りしていたから把握しているが、コロール夫人の言葉に甘えることにする。
気丈に振る舞うように歩き出したコロール夫人の一歩後ろをついていきながら、私はアミのことを一度だけ振り返った。
(アミ……)
私のたった一人の親友。どうして突然倒れてしまったのか。
本当は目覚めるまで傍に居たいけれど、クルール様の話も気にかかる。
クルール様のお話の中に、アミが倒れたヒントがありますように。




