閑話・二人きりで遠乗りに(パシェン視点)
リーベを誘って、遠乗りに出かけることにした。
街の外の森にある湖まで、普段勉強に励んでいるリーベの息抜きになればと思って誘ったのだ。
私が誘った際、リーベは少し戸惑っていた。
嫌がっている雰囲気ではなかったので、勉強を休むのにそんなに抵抗があるのだろうかと、リーベに尋ねると、リーベは控えめな声で「街の外には魔物がいるのではありませんか?」と少しの怯えを滲ませて答えた。
思えば、リーベは一度しか街の外に出たことがなく、それも魔物が異様なことに群れている戦場に放り出されたのだった。
失念していた、と私は自身の考えの浅さを恥じて、リーベに丁寧に説明した。
「街の外には魔物もいるが、基本的に襲ってはこない。魔物討伐を定期的に行って、数は一定まで減らしているし、魔物とはいえこちらが攻撃しなければ無害なものも多い」
リーベは沈黙している。私を見上げるリーベのアメジストの瞳には不安の色が濃くでていた。小さく噛みしめられた唇からも、不安を押し殺しているのが伝わってくる。
あの戦場でのことがトラウマになっているのだろう。
確かに初見があのような戦場では、私の説明が信じられない気持ちがあって当然だ。
さらに私は言葉を続けた。
「私と二人なのが不安なら、クルールとベテランの騎士も護衛につけよう。リーベは私と一緒の馬に乗れば、なにがあっても私がリーベを守れる」
「パシェン様」
「それに、考えて見てごらん。商売をしている商人たちは普通に街の外の街道を通ってやってくる。街と外を繋ぐ大門だって、常に閉じているわけではない。リーベが思っているほど、街の外は恐ろしくはないんだ」
「……」
リーベは考え込んでいる。私としても、無理につれていくつもりはない。ただ、街の外の森の中には綺麗な湖があるから、リーベの気分転換に最適だと思ったのだ。
私も、昔は愛馬と共にたまにそこで息抜きをしていた。今思えば窮屈な公爵家での現実からの逃避の一つだった。
「一緒に行きたいです。パシェン様」
しばし視線を伏せて考え込んでいたリーベが、視線を上げて私を見た。
宝石より綺麗なアメジストの瞳に真っ直ぐに見つめられると、心臓が脈打つ。高鳴る鼓動を表に出さないように気を付けて、私は小さく微笑んだ。
「そうか、では日付を侍従長に相談しよう」
「はい、パシェン様」
にこりと微笑んだリーベの表情はまだ少し硬い。私への信頼が不安に勝ったのだと察して、私は不謹慎にも嬉しいと思ってしまった。
* * *
リーベの勉強のスケジュールの都合上、お茶会の予定を一つ潰す形で遠乗りに行くことになった。
クルールを筆頭に第一騎士団の手練れ数人に声をかけ、護衛を頼む。
みな、快く応じてくれた。
私は白い愛馬にリーベを乗せて、リーベの後ろからリーベを支えるように馬に乗る。
「リーベは馬に乗るのは初めてだろう?」
「はい。思ったより目線が高くて、少し怖いかもしれません」
「怖がらなくて大丈夫だ。後ろから私が支えるから」
リーベを包み込むように手綱を握って、私は護衛の騎士たちに声をかけ、馬を動かしだした。
街の中を進むときは歩調を緩める。道端から私たちを興味深そうに見上げる子供たちに、リーベが笑顔で手を振っている。
この辺りの対応は王族教育の一つで教えられたのだろう。
私は手綱を片手で握って、リーベと同様に民衆に手を振る。
リーベのような笑みを振りまくのは私には難しいが、手を振ることで少しでも私の好感度が上がるならば、リーベにとってもプラスであるはずだ。
今までの私は馬の上で無愛想にただ前を見ていただけだから、愛する人の心理的な影響というものは大きいのだと実感する。
リーベと視線が合い、手を振ってもらえた子供たちが歓声を上げている。愛らしい、と思うだけの余裕が今の私にはあった。
そうして街を進んでいくと、大門が見えてくる。商人たちが街に入る許可を求めて列を作っているのを横に、私たちは大門を抜けた。
リーベの身体が、少し硬くなる。緊張しているのだろう。
「リーベ、周りをよく見てごらん」
「はい」
私の言葉に、リーベが恐る恐るという様子で馬の上から周囲を見回している。街道とそのわきの草原には、ちらほらと無害な魔物がいるが、こちらを気にしている様子はない。
「……平和、ですね」
「あの時が可笑しかっただけなんだ。リーベ、これが普段の光景だ」
「はい」
こくんと頷いたリーベの身体からは少しだけ力が抜けたようだ。私は笑みを一つ落として、リーベに雑談を振りながらゆっくりと馬を動かし続けた。
* * *
小さな森を抜けて、湖の傍についた。清涼な空気が満ちている。
先に馬を降りてリーベが降りる手助けをする。リーベは羽のように軽い。ふわりと降り立ったリーベは少しふらついたが、すぐに背を伸ばした。
元々リーベは真っすぐに背を伸ばしていたが、王家での教育を経て、ますます凛とした立ち姿は私も見惚れるほどだ。
「どうだろう、リーベ。とてもよい雰囲気だと思わないか?」
「はい、空気が美味しくて、すごく……その……」
「お腹が減ったかな?」
「……はい」
恥ずかしそうにこくんとリーベが頷く。だが、それも仕方ない。もう昼時だ。あえて昼時に湖につくように私が計画を立てたのだから。
「湖のそばで食事にしよう。クルールが料理長が作った昼食を持ってきてくれている」
「はい」
はにかみながら微笑んだリーベに、私も微笑み返して、少し離れたところで私たちを邪魔しないように待機している騎士たちの中からクルールを呼ぶ。
「はいよ。どーぞ」
いつもの気安い態度で昼食の入ったバスケットを渡してきたクルールが小声で「頑張れよ」と俺の耳元で囁いて離れていく。
「リーベ、どのあたりがいいとかあるか?」
「そうですね……あの木陰とかどうでしょう?」
「わかった」
リーベが指さしたのは湖の傍に生えている他より少し大きい木の影だ。
そっと隣のリーベと指先を絡めて手を繋ぐ。すぐそばではあるが、その距離でも手は繋いでおきたい。
あえてゆっくりと歩いたが、すぐに辿り着いてしまう。残念に思いつつ手を放して、私は昼食の入ったバケットを片手に木陰に座る。
「おいで、リーベ」
「はい」
木陰に座ってリーベを手招きする。リーベは花が咲くような可憐な笑みを浮かべて、嬉しそうに私の傍に座った。
……私の膝の上でもよかった、というのは黙っておいた方が賢明だろう。
私の隣に据わったリーベの前に昼食の入ったバケットを置く。バケットを開くと、様々な種類のサンドウィッチが入ったバケットにリーベが目を輝かせる。可愛らしい。私は食事よりリーベを――やめておこう。
「パシェン様、とっても美味しそうです!」
「リーベの好きな味をリクエストしておいた。好きなものから食べるといい」
「はい!」
リーベが嬉しそうにサンドウィッチに手を伸ばして、小さな口でかぶりつく。微笑みながら見ていると、リーベが不思議そうに私を見上げた。
「パシェン様は食べないのですか?」
「私はいま腹一杯になったんだ」
「?」
小さく首を傾げたリーベに笑み崩れる。
こういう時間は、なによりの幸福だ。
読んでいただき、ありがとうございます!
『虐げられた男装令嬢、聖女だとわかって一発逆転!~身分を捨てて氷の騎士団長に溺愛される~』のほうは楽しんでいただけたでしょうか?
面白い! 続きが読みたい!! と思っていただけた方は、ぜひとも
ブックマーク、評価、リアクションを頂けると、大変励みになります!
次のお話もぜひ読んでいただければ幸いです。




