第六十一話・憎悪する敵(ベーゼ視点)
私は四大公爵の一角、トイフェ公爵家の長女ベーゼ・トイフェ。
本来ならば今頃、パシェン様と結婚し、エラスティス公爵家の女主人として辣腕を振るっているはずだったわ。
私に言い寄ってくる男は腐るほどいたけれど、押し寄せる縁談を全て蹴って、パシェン様との婚約者になる心構えをしていたの。
その結果婚期を逃したけれど、パシェン様との婚約は水面下でほぼ決定事項だったから、全然気にしていなかったの。
パシェン様は出自こそ下級貴族だけれど、養子に入ったエラスティス公爵家の跡取りであったし、第一騎士団の騎士団長でもある。
伸ばされた銀の髪は手入れが行き届いていて下手な令嬢より美しく、透き通ったサファイアのごとき青い瞳で見つめられると心がときめいた。
地位があるうえ、容姿端麗なのも相まって、これ以上ない優良物件で、私につり合いが取れる唯一の男性だったのよ。
エラスティス公爵は私とパシェン様の婚約と結婚にとても前向きだったから、私の将来は約束されていたも同然だったの。
忌々しい邪魔者がでてくるまでは。
エラスティス公爵の娘、リーベ・エラスティス。魔力適正も魔力もない、無能の欠陥品。
魔力適正も魔力も持たない四大公爵家の汚点であり、存在しているだけでもお荷物な令嬢が、歴史上伝説になっている聖女として王家に養子入りした挙句、私からパシェン様を奪うなんて、どうして想像できるというの。
奪われたものは、奪い返さないといけないわ。
私はパシェン様の婚約者なのだから、その権利があるの。横から出しゃばってきて突然私からパシェン様を強奪した似非聖女なんて、私の愛の前に粉々に砕いてみせるわ。
パシェン様だって、リーベ様には迷惑をしているのよ。
婚約から一年が立っても結婚しないのがその証拠ね。二人はあくまで婚約者止まり、パシェン様がリーベ様を扱いあぐねているのがよく伝わってくるわ。
だから、私がパシェン様を助けて差し上げるの。
立場上、聖女なんて嘘をついている忌々しい女の婚約の申し出を断れなかった、哀れなパシェン様。
きっと私がお救いして、改めて私との婚約を結んでみせますわ。
だって、私たち、相思相愛ですものね。
* * *
手始めに、私はパシェン様と仲睦まじい様子をリーベ様に見せましたの。
寄り添いあう私たちに、リーベ様はご自身のプライドを打ち砕かれたのか、顔面蒼白で立ち去られたのは、胸のすく思いがしましたわ。
次に、夜会でちょっとした噂を振りまいてみましたの。
私の懐に入りたがる下級貴族のご令嬢たちを使って、リーベ様が『男遊びをしている』という噂を。
実際、嘘ではなくってよ。リーベ様が男装して騎士団で働いていたことは周知の事実です。
その際に、男性ばかりの騎士団で第一騎士団副団長のクルール様を始めとする男性の騎士の方々とかなり懇意にされていたと聞きました。
パシェン様のみならず、数多の有望な騎士に手を出していたことは想像に難くないわ。
『女神の起こした奇跡』だって、本当ではないでしょう。
恐らく、騎士団の方々はエラスティス公爵の娘であるリーベ様からの圧力に耐えかねて、口揃えているだけですわ。
リーベ様は魔力適正も魔力も持たない四大公爵家の最大の汚点という存在だけれど、ただの騎士の方々にはそれが伝わっていなければ、リーベ様の振りかざす権力に対抗しようなどと考えられないはずです。
ああ、嘆かわしい。
リーベ様はその存在に釣り合わない権力でもって、色々な方に便宜を図っていただいている。浅ましいし、おぞましい。私だって、そんなことは致しませんのに。
夜会で醜聞が立つということは、貴族にとってそれなりのダメージになるものです。だから、私は密やかに事実を伝播しました。
けれど、パシェン様を従えたリーベ様は一切気にしている様子をみせられなかった。やはり、聖女を語る女性はずいぶんと強かでいらっしゃるのね。
だから、私は次の一手を考えたのです。
それは呪いを込めた贈り物。私から渡すと不自然でしょうから、パシェン様の名前を使わせていただきました。
パシェン様の了承はとっておりませんが、邪魔者が消えればパシェン様も私に感謝してくださるはずです。
「ふふ、楽しみだわ」
呪物はお金で引き入れたメイドの手によってきちんとリーベ様に渡ったと聞きましてよ。
きっと数日のうちにリーベ様は呪いに体を蝕まれて寝込まれるでしょう。呪いによって命を削られ、少しずつ憔悴し、やがて命を落とされるはずですわ。
リーベ様が亡くなられたら、私はパシェン様に告げるのです。
『やっと、私たち結ばれるのですね』
パシェン様は邪魔者が消えて、満面の笑みで微笑みながら、私に口づけをしてくださるはずですわ。
ああ! とっても楽しみですわね!
* * *
そう思っていたのですけれど。
どうしてリーベ様は普通にバレッタを身に着けていらっしゃいますの?
所用で訪れた王宮ですれ違ったさいにリーベ様に挨拶をしたのだけれど、リーベ様は普通にバレッタを身に着けていて、とても元気そうでしたの。
……まさか、聖女というお話は本当なの?
僅かに脳裏によぎった疑念を振り払う。そんなはずがありません。リーベ様は聖女を語る不届きもの。厳罰を受けなければならない方。きっと、私が用意した呪物が弱いものだったのでしょうね。
だから、私はもう一度リーベ様に呪物の贈り物を贈ることにしたのです。
二度も同じメイドを使うと怪しまれるでしょうから、今度はリーベ様のご友人のアミ伯爵令嬢を通してお渡ししました。
私の取り巻きの一人がアミ伯爵令嬢に接触したときの報告を貰いましたが、アミ伯爵令嬢はずいぶんと怪訝そうにされていたそう。
とはいえ、伯爵より位が上の侯爵の令嬢をあいだに置きましたから、伯爵令嬢であるアミ様は断れるはずもありません。
お渡しした際に、侯爵令嬢はきちんとリーベ様にお渡しするよう念を押したと口にしていましたから、今後のリーベ様の様子を注視しなくてはなりませんわね。
前回より強い呪物を選びましたから、今回こそ大丈夫なはずですわ。




