第六十話・覚えのないプレゼント(パシェン視点)
リーベとの三日に一度のお茶会の席で、リーベが見たことのないバレッタを身に着けていた。
リーベのドレスや装飾品は正妃様がかなり口を出して揃えていると聞いている。
夜会への出席経験が乏しく、貴族社会の流行にまだ疎いリーベに恥をかかせないように、と気を使ってくれているのだ。
正妃様自身が流行の最先端を作り出す方なのも相まって、今のリーベは正妃様の次に流行の最先端のドレスや小物をたくさんもっている、というのはエクセン王子から聞いた話だった。
恥ずかしながら、私は貴族の女性の流行にはとても疎い。
だから、下手なものを贈ってリーベに恥をかかせてはいけないと、消えもの以外のプレゼントは贈らないようにしていた。
本当は私の贈るドレスを身に着けて一緒に夜会に出てほしいし、私が選んだ小物でリーベを彩りたい。
だが、それらは全て私のエゴだ。
今まで貴族社会と隔絶されていたリーベが貴族社会に上手く馴染み立ち回りを覚えるのをサポートするのが私に求められている仕事であって、流行を作り出すことは私には不可能なのだから。
とはいっても、私は少しずつエクセン王子やクルールと話しながら、貴族社会での女性たちの流行を調べてはいる。
最近では興味のない貴族令嬢のドレスや身に着けているアクセサリーをよく観察するようになった。
私の小手先の調査など、正妃様の類まれなセンスには太刀打ちできないとわかっているが、いつかリーベにドレスや装飾品を贈るのを目標に、私は日々努力している。
「パシェン様、難しい顔をされてどうされました?」
お茶会の席で少し考え込んでしまったからだろう、リーベが不思議そうに尋ねてくる。
私は先日リーベに拒絶された件を尋ねていいものかと迷いつつも、無難な返事をすることにした。
リーベが触れないならば、触れてほしくない話題なのだろう。気にはかかるが、私から話題に出すことは避けた方がお互いの精神衛生上いいと判断する。
リーベは王家に養子入りしてから、相当な努力を続けている。
王家に養子入りしてすでに一年ほど勉強漬けの日々を送っているのだから、フラストレーションがたまっていても可笑しくはない。リーベにとって一番身近な人間の一人である私に苛立ちをぶつけたくもなるだろう。
私自身が、虐待のような勉強をさせられていたとき、まさにそんな心境だった。幼いリーベに当たることは理性で堪えたが、身に覚えのある感情なだけに、先日のリーベのことを責める気にはなれない。
それはそれとして、デュール王子との関係は聞いておきたいところではあるが。
「バレッタがよく似合っていると思っていたんだ」
「ふふ、ありがとうございます。パシェン様からアクセサリーをプレゼントしていただくのは初めてで、とても嬉しいです」
予想外の言葉がリーベの口から零れ落ちた。私は目を見張ってしまう。
「……なに?」
「?」
低い声を出した私にリーベが不思議そうに首を傾げている。私は変に跳ねた心臓を無理に抑えつけるようにして、平静な声を意識して出した。
「すまない、リーベ。せっかく髪を綺麗にまとめているところ悪いんだが、少しそのバレッタをみせてもらえないだろうか」
「大丈夫です」
私の要望にリーベは素直に応えてくれた。ハーフアップで纏めていた髪からバレッタを外して、私に差し出す。はらりとリーベの美しい金の髪が流れるさまを目に焼き付けつつ、私は渡されたバレッタを検分した。
銀のバレッタには、蝶と蔦の模様が刻まれている。私からみてもセンスの良い品だ。流行の品かどうかは判断に迷うが、リーベの現在の肩書である王女という身分を踏まえても、普段使いならば問題にならない品だと思える。
矯めつ眇めつ、様々な角度からバレッタを見ている私を、リーベが不思議そうに見ている。
私は浅く息を吐き出して、バレッタをリーベに返した。
「リーベ、それは私からの贈り物ではない。だれかと間違えてはいないか?」
「え? でも、確かにメイドはパシェン様からだと……」
戸惑いの表情を浮かべるリーベに、私は難しい顔で黙りこんだ。
私の名を語ってリーベに贈り物をする人物に、一人だけ心当たりがある。
デュール王子だ。
彼の方の思考回路はよくわからない。王太子から外されて以降、荒れている以外の情報はとても少なくて、だからこそ邪推してしまう。
(リーベに贈り物をしたかったが、自分の名では受け取ってもらえる確信が持てず私の名を使ったのか……?)
だとしたら、実にせこいことをする。
苛立ちが胸中を支配する。リーベに八つ当たりをしないように感情を制御しつつ、私は堪えきれずため息を吐きだした。
「リーベ、そのバレッタは捨ててしまった方がいい」
「でも、バレッタは悪くないです。とても気に入っていて」
「……」
ぎゅう、とバレッタを守るように握ったリーベは、十歳の魔力検査を受けて以来、公爵家では質素な暮らしを強いられていた。
だからこそ、きっと一度自身の手に渡った品に対する愛着が強い。リーベの過去の公爵家での境遇は力がなかった私にも責任の一端があるので、強い言葉を口にするのは憚られる。だが。
「リーベ、どうしてもバレッタが欲しいというのなら、私が新しいものを贈るから」
「それはそれで嬉しいですが、このバレッタを捨てるのは」
リーベは予想通りバレッタを手離すことを渋っている。
出どころのわからない、もしかしたら第一王子からのプレゼントかもしれない品をリーベの傍に置いておくのは業腹だが、確かにバレッタのセンスはいい。
それに、無理にリーベに強く言い含めて無理やりバレッタを手離させることで、嫌われたくはない。
「そうか、そこまでいうなら私はなにもいわない。だけど、今度私にも贈り物をさせてほしい。お茶菓子以外の――アクセサリーなどを」
「はい、喜んで」
ふんわりとはにかむように微笑んだリーベに、少しだけ心が落ち着いていく。
愛らしいリーベの表情を一番引き出せるのは私自身だと理解している。だからこそ、リーベの笑みを見れば、大抵のことは許せてしまう。
(このバレッタに負けないような贈り物を……母上に相談してみよう)
母の貴族としての身分は低いが、夜会には出席しているはずだし正妃様とも懇意にしている。
流行の品を見極める目はもっているだろうから、私が一人で選ぶよりよほどいい。
近くに控えていたメイドを呼んでバレッタを渡したリーベを見つめつつ、私は必ずバレたに負けない贈り物をするのだ、と内心で強い決意をした。




