第五十九話・パシェンからのプレゼント
不穏な雰囲気の漂っていた夜会を無事に終えて、疲れて眠った翌日、私の元にプレゼントが届いた。
「リーベ様、パシェン様から贈り物です」
「パシェン様から?」
朝の食事を摂って、部屋に戻るとメイドが小さな包みを差し出してきた。
私は勉強の前の自由時間で、少し不思議に思いつつ受け取る。
パシェン様は基本的に私に形の残るプレゼントを渡してこない。パシェン様からのプレゼントは主にお茶会の席で食べるお茶菓子がメインだ。あとはマーテル様が気に入っているという紅茶の茶葉などはよく貰うことがある。
(浮気のお詫び、とかではないわよね……?)
らしくないパシェン様からの贈り物を少し警戒しつつ包装を解いていく。
綺麗なラッピングがされた小箱は、箱を開けると中にはバレッタが入っていた。なんだか少しだけ嫌な気持ちになってしまうのは、せっかくのプレゼントなら手渡しで渡してほしかったからかもしれない。
(?)
一瞬、バレッタに触れた瞬間指先が熱くなった。なんだろう、気のせいだろうか。少し神経が敏感になっているかもしれない。
パシェン様は今までの贈り物は全て直接渡してくれているのに、どうしてこれに限って人を経由するのだろう。
「綺麗なバレッタね」
銀色のバレッタは表面に蝶と蔦の模様が彫られていて、美しい。私の金色の髪に銀のバレッタはきっとよく似合うだろう。
「ねぇ、これをつけてくれないかしら」
「畏まりました」
傍で控えていたメイドにバレッタを渡してお願いする。ドレッサーの前に座りなおすと、メイドが櫛をもって私の後ろに立った。
朝食の前に着けてもらった髪飾りを外して、髪を梳いていく。
私が自分で髪を梳くより十倍は丁寧な仕草だ。メイドたちは私に粗相があれば、自分たちの首が飛ぶと思っているのかと思ってしまうレベルで、私に対する態度が本当に丁寧だ。
別に少しくらいミスをしても私は怒らないのに。公爵家での扱いに比べれば、王宮での私の待遇は本当によすぎるので多少のミスは全然目をつぶれる。
でもそうは思えないだろうなぁともわかるのだ。私は長らく王国で伝説の扱いだった聖女の肩書を持って王家の養子に入っているのだから。
「出来ました、リーベ様」
恭しく告げられて、私は頭の後ろに手を伸ばす。髪に触れつつ確かめると、確かに綺麗にバレッタが固定されている。
メイドが後ろに立って大きな鏡を持つ。正面の鏡に反射する私の後ろ姿は、金の髪に銀色のバレッタが輝いていて、自分で言うのもなんだが美しい。
「ありがとう、嬉しいわ」
「勿体ないお言葉です」
頭を下げたメイドに微笑んで、私はバレッタを動かさないように注意しつつ、冷たいバレッタの表面に触れる。
(なんだかんだ、嬉しく思ってしまうものね)
パシェン様がどういう意図でプレゼントを贈ってくれたのかわからないけれど、それでも気持ちは嬉しい。
微笑みながら私は勉強のためにドレッサーの前から立ち上がった。
* * *
午前中の勉強を終えて、昼食の時間になった。
正妃様が「たまには一緒に食事をどうかしら?」と誘ってくれているので、今日の昼食は正妃様と一緒だ。
食事の席に着いて待っていると、少しして正妃様がやってくる。あえて少し遅れて入ってこられるのは、私に恥をかかせないためだ。
「今日はお誘いを受けてくれてありがとう、リーベ」
「お義母様のお誘いならいつでも大歓迎です」
「ふふ、嬉しいわ」
テーブルに並べられた様々な料理、わかりやすく言えばフルコースの前菜を前に軽くおしゃべりをする。
「私は、貴方に感謝しているの。リーベ」
「といわれますと?」
「デュールが夜会に出たい、と自分から伝えてきたのは数年ぶりですから。貴方の影響だと思ったのです」
「恐縮です」
正妃様の息子である第一王子デュールお義兄様は、長らく公の場に姿を見せていないことで有名だ。もちろん、夜会への出席もずいぶんと長くしていない。
嬉しそうに微笑む正妃様に微笑み返しつつ、私は食事に手を付ける。
マナーに気を付けて食べるのは、貴族教育を受けてこなかった私にはまだちょっと慣れないけれど、ずいぶんとマシな食べ方ができるようになってきていると思う。
「夜会の時に、デュールが貴方と話をしたと嬉しそうに教えてくれました」
「嬉しいです。楽しいお話ができているといいのですが」
「デュールの口から家族の名前を聞くのは久々でした。そもそも、私とすらそこまで話してはくれませんから」
悲しみを滲ませて微笑む正妃様の言葉に、私は目を丸くした。
王宮を抜け出して街で遊ぶ時間があるのなら、正妃様と向き合ってほしい。今度顔を合わせたら釘を刺しておこう。
「正妃様、その」
「どうしたのかしら、リーベ」
「答えにくいことを、お尋ねしても?」
「大丈夫よ」
先ほどまでの悲しみを綺麗に隠して微笑む正妃様に、私はこくんとつばを飲み込む。
一拍の間をおいて、私はそっと口を開いた。
「お義母様は第二王子のエクセンお義兄様が王太子になられていることを、どう思われますか」
私の無遠慮な言葉にも、正妃様は揺らぐことなく微笑み続けた。飲み物を一口飲んで、すらすらと私の疑問に答えてくれる。
「この国の正妃として、優秀な者が次代を担うのは良いことです。……でも、リーベが聞きたいのはそんな上辺の言葉ではないわね」
「はい」
「そうね……あの子たちが仲良くしてくれるのならば、私としてはエクセンが跡を継いでも良いのです。この国において、それだけ魔力適正と魔力量は重んじられるものですから」
「……はい」
そう口にした正妃様の言葉は本心だろう。嘘の色などどこにもない。けれど同時に、言い表すことが難しい葛藤を抱えているように聞こえた。
「腹違いの兄弟とは言え、仲良くしてくれれば、と。そう願うのはきっと母の高慢なのでしょうね」
そう告げて、正妃様これ以上ないほど綺麗に微笑まれた。
私には、まるで正妃様が泣いているかのように、見えたけれど。




