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虐げられた男装令嬢、聖女だとわかって一発逆転!~身分を捨てて氷の騎士団長に溺愛される~  作者: 久遠れん
第一章

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第六話・王太子と団長、そして副団長

「エクセン王子、なにをされている」


 お義兄様が助けに入ってくれたのはとても嬉しいのに、目が、目が笑っていない。

 とても怖い。なにがお義兄様の逆鱗に触れたんだ。


 私はただ案内してほしいと言われたから案内をしただけなのに……!


 そんな言い訳を内心でつらつらしつつ、表面上はわざとらしく驚いて見せる。演技なら任せてほしい。

 伊達に長年、公爵家で理不尽な境遇の中、笑顔を張り付けてはいない。


「王子?!」


 ちら、とお義兄様が私を見た。


 なお、私の頭の上にはまだエクセン王子の手が乗っている。

 身長差的にちょうどいい位置なのだろう。


 お義兄様がずいっと手を伸ばしてきて、私の頭の上のエクセン王子の手を払った。

 ウィッグがずれるのでもうちょっと優しくしてほしい! という文句は内心で飲み込む。


「フィーネは知らずになにをしていたんだ。この方はこの国の王太子であるエクセン王子だ」

「パシェン、怒らないでやってくれ。私が無理を言って案内をさせていたんだ。君のお気に入りの子と話がしたくてね」

「お気に入り……?」

「余計なことを」


 思わぬ言葉を反芻すると、お義兄様がチッと舌打ちする。

 その態度に演技ではなく顔色が悪くなった。


 お義兄様! その態度は王族への不敬罪にあたるのでは?! 大丈夫な態度ですか?!


「あっはっは、やっぱり君はわかりやすいね」

「は?」

「団長! さすがにその態度は……!」


 聞いたことのない低いどすの効いた声を出すお義兄様に、さすがにいてもたってもいられず止めに入る。

 私の割り込んだ言葉に、エクセン王子がぱちりと瞬きをした。


「君はいい子だな~! みろ、パシェン、これが本来の私への態度だよ」

「いまさら貴方相手に取り繕う必要性を感じない」

「まあ、それもそうだね。安心してくれ、私たちはかなり気安い仲なんだ」


 さらにポンポンと頭を撫でられるが、またもお義兄様がエクセン王子の手を振り払った。

 ウィッグをしているのでありがたくはあるのだが、それにしたって脳裏に不敬罪がちらついて仕方ない。

 だが、当の王子である本人がこう言っているのだから、きっと大丈夫なのだろう。


 というか、そう思わないと心臓に悪くて倒れそうだ。

 ばくばくと煩い心臓を抑えて、そっと息を吐く。

 深呼吸はできないけれど、呼吸を整えて、フィーネの笑顔でにこりと笑った。


「お二人は仲がいいんですね!」

「腐れ縁だ」

「まあ、そこそこね」


 あ、あれー? なんかさっきと温度感が違う。


 お義兄様はそっぽを向いているし、エクセン王子はにこにこと笑っているけど、なんだかちょっとまとう雰囲気が怖い。


 仲がいいんじゃなかったの?!


「……僕、仕事を思い出したので戻ってもいいでしょうか?」


 この場にいるのは心臓に悪い。逃げ出せるなら逃げ出したい。

 そんな気持ちで言葉を口にすると、なぜかお義兄様は特大のため息を吐きだした。


「もう昼食の時間だ。仕事に戻るのではなく、昼食を摂りに行け」

「はーい!」


 いけない、失念していた。公爵家ではお昼ご飯を抜かれることが多いので。

 今日のお昼は何だろう。


 意識した途端、減りだしたお腹を押さえて、元気よく返事をする。

 ぺこりとウィッグが落ちない程度に頭を下げて、私はその場を走り去った。



 * * *



 食堂で日替わりランチを頼む。

 アツアツのシチューとライ麦パンの乗ったトレーを受け取って、きょろきょろと空いている席を探す。


 出遅れてしまったので、なかなか空いている席が見つからない。

 こうやって見回すと、騎士団には本当にたくさんの人が所属している。


 日本では考えられないくらい髪色もカラフルだ。

 地味にここが異世界なんだなぁと感じる要素の一つである。


「おーい、フィーネ。こっちこいよ」

「クルール副団長!」


 ひらひらと手を振ってくれたのは、一人で大量の料理を前にしているクルール副団長だった。

 とてとてと近づくと、席を一つ開けてくれた。ありがたく座らせてもらう。


 クルール副団長もなにかと『フィーネ』を気にかけてくれる。

 入団当初に「ガリガリじゃねぇか!」と言われたのはちょっとだけ根に持っているけれど。


「副団長、そんなに食べるんですか?」

「おうよ。騎士たるもの体が資本だぜ? しっかり食べろよ。お前は少なすぎる」

「僕はこれくらいでちょうどいいです」


 私の持っているトレーをちらっと見て渋い表情をするクルール副団長に、小さく笑う。

 トレーをテーブルに置いて、スプーンを手に取った。


 この世界では日本のような「いただきます」がない。

 その習慣を直すこともずいぶん苦労したなぁ、と過去を思い出して懐かしくなった。

 その代わり、女神様への食前の祈りがある。両手の指を組んで、お決まりの文句を口にする。


「偉大なる女神デーア様、今日の食事の感謝を」

「マメだねぇ」

「クルール副団長はしましたか?」

「しねーよ。俺、女神信じてねぇもん」


 フォークを加えてそっぽを向いたクルール副団長の言葉に眉間に皺を寄せる。


「不敬罪ですよ」

「うっせぇなぁ。説教はパシェンだけで十分だわ」

「僕と一緒の時だけでもしてください。連帯責任で罰せられるのは嫌です」

「……お前すごくはっきりものを言うよな。そっちのほうが不敬罪だぞ」


 私の言葉に目を丸くしたクルール副団長が「気に入ったぜ」と口にして、唐突にバシバシと背中を叩いてくる。


 スキンシップの一つだろうが、普通に痛いのでジト目でクルール副団長を見つめると「わりぃ、わりぃ」とすぐにやめてくれた。


「そういやパシェン知らねぇか?」

「団長なら馬小屋にいました」


 隠すことでもないので軽い口調で答える。

 公爵家の残飯とは比べものにならない美味しい食事に二週間たってもいまだに新鮮に感動しつつ食べていると、クルール副団長がさらに突っ込んできた。


「おー、まじか。なんでまた」

「……お忍びでエクセン王子がいらしているので」

「なる」


 なる?! それだけ?! もっと反応があるだろうに!

 思わずクルール副団長を見上げると、なぜか人の悪い笑みを浮かべている。


「クルール副団長?」

「ん? まぁ、大丈夫だ。悪いようにはならねぇよ」


 そういって手が伸ばされてきたので咄嗟に振り払う。

 さすがにエクセン王子相手にはできなかったが、ウィッグがずれると本当に困るので。茶髪のウィッグの下の金色の髪を見られたら、どう考えても言い訳ができない。


「僕、頭撫でられるの苦手なんですよね」

「はっ、本当に面白いガキだな、お前」


 だが、なぜかクルール副団長は払いのけた手を見ながら、にやにやと笑っていた。

 本当に何を考えているのかよくわからない人だ。

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