第五十三話・衝撃の場面
「リーベ様、お久しぶりです。ご挨拶に参りました」
そう口にして淑女の礼をしたアミに、ずきずきと痛む心臓を隠しながら、私は優雅に微笑んだ。
「久しぶりね、アミ伯爵令嬢。会えて嬉しいわ」
淑女の礼を返して私が告げると、アミは少しだけ目を見開いて、周囲に聞こえない小さな声で笑った。
「ふふ、変な感じ。リーベとこうやって社交辞令を交わすのは」
普段通りの言葉遣いと呼び方に、心臓の痛みがおさまっていく。アミの態度は距離を取られたわけではなく、周囲へのけん制だったのだと理解した。
「もう、アミこそやめて。驚いたのよ」
「ごめんね、リーベ。でも立場の差はきちんと認識しておかないと、わたしの方が色々やらかしそうなの」
苦笑を漏らすと、アミはそう告げて軽やかに笑った。普段通りのアミの態度に、私の気持ちも落ち着いていく。
「大変だなぁ、貴族サマは」
「クルール様も貴族でしょう」
「俺はいーんだよ」
肩を竦めたクルール様のまるで自分は関係ないと言わんばかりの態度に私が突っ込むと、クルール様はぷいっとそっぽを向いた。
子供っぽい反応が可笑しくて私がくすくすと肩を揺らして笑うと、アミが話に混ざってくる。
「リーベはクルール様とは仲がいいのよね?」
「そうよ。前に話したけれど、フィーネの時によく面倒を見てもらったの」
アミからの確認に私が頷くと、アミはクルール様を見上げた。
アミは少し身長が平均より低いから、パシェン様より本当に少しだけだけど上背のある長身のクルール様相手だと、自然と上目遣いで見上げるような形になる。
「ああ~、三角関係の!」
「三角関係……?」
アミが口にした言葉に、クルール様が怪訝な声を出す。私は苦笑を零して、アミの言葉を補足した。
「以前、アミがね。私がパシェン様とクルール様と三角関係だと想像してはしゃいでいて」
「やめてくれよ。リーベ様に手を出したら、パシェンに殺されちまう」
心底嫌そうな顔をするクルール様の態度はちょっと私に対して失礼な気がするけれど、たしかに私を溺愛しているパシェン様の元へアミの妄想が耳に入ったら、荒れそうではある。
ただでさえ、パシェン様はクルール様に対して遠慮がない。
「そういえば、パシェン様の戻りが遅いわ。私、ちょっと捜してくるわね」
「俺はそろそろ警備に戻らねぇと」
「わたしも挨拶回りが終わってないの」
そう口にしたクルール様とアミ様は二人で顔を見合わせた。渋い表情をして、二人が私を見る。
「頼むから、声を掛けられてもほいほいついていくなよ」
「リーベ、貴方がいくらパシェン様の婚約者でも狙ってくる人はいるから、十分に注意してね」
過保護なクルール様とアミの言葉に、私は軽く肩を竦めた。
「大丈夫よ、二人とも。私、夜会は慣れてないけれど、色々と立ち回りには自信があるの」
「どっから沸いてくる自信だよそれ」
私の言葉に呆れたようにクルール様が口にするけれど、私は軽やかに微笑んで、淑女の礼をした。
「では、失礼します。クルール副団長、アミ伯爵令嬢」
綺麗な挨拶で閉めてまだ少し不安そうな二人に背を向ける。アミもクルール様も過保護なんだから。
私、これでも前世では社会人だったのよ。一般企業のOLの人間関係は貴族社会とは全然違うけれど、結局は相手は同じ人間なんだから、下手な立ち回りはしない自信がある。
私はゆっくりと会場を歩きながら、パシェン様の姿を探した。料理を取りに行くといっていたから、料理の並ぶコーナーで人に囲まれているのだろうかと思ったけれど、パシェン様の姿はない。
内心で首を傾げつつ、私は人込みの中を歩きながらパシェン様を探すが、パシェン様の人込みでも目立つ長身の姿はどこにもなかった。
もしかしてお手洗いにもでもいったのだろうか。不思議に思いながら再び横に捌けた私は、ふと、テラスが気になった。
パシェン様に見つけてもらいやすい場所にいるべきだろうが、夜会の会場は人がたくさんいるからそこそこの熱気があって、ドレスと相まって少し暑い。
涼みながら待っていようと思って、私はテラスに出た。夜会の会場の熱気が少し落ち着いて、夜風が気持ちいい。
伸びをしてもバレないだろうか、さすがにそれは止めておくべきか。そんなことを考えていると、テラスの先の庭園に人影を見つけた。
(あれ? パシェン様……?)
テラスの外、庭園に通じるアーケードの下に、人影が二つある。
寄り添うように立っている男女の、男性の髪色と髪形がパシェン様と同じだ。
一瞬、よく似た他人だと思った。だって、彼らは仲睦まじい恋人同士のように寄り添っていたから。
夜の紛れる黒髪の女性が、親しげに隣の男性の腕を取る。その女性を見るように顔を動かした、その、横顔は。
暗闇でも、間違えるはずがない。
流れるような美しい銀の髪に、空を切り取ったかのような澄んだ空色の瞳。いつも私に愛を囁く、その人は。
「どう、して……」
紛れもなく、パシェン様の顔だった。
私以外の女性と人目を避けて二人きりで会っているパシェン様に、私は膝から崩れ落ちそうなほどの衝撃を受けた。




