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虐げられた男装令嬢、聖女だとわかって一発逆転!~身分を捨てて氷の騎士団長に溺愛される~  作者: 久遠れん
第二章

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第五十話・ろくでなしの第一王子

 パシェン様が発した言葉に、思わず紅茶のカップを持っている手が止まった。


 パシェン様は難しい表情で、慎重に口を開く。


「夜な夜な遊び歩いているのは、騎士団では有名な話だし、貴族の間でも周知の事実だ」

「……」


 遊び歩いている、というのは夜中に王宮を抜け出して酒場で飲んでいることだろう。


 自分自身の目で確かめているので、パシェン様の言葉を嘘だとは思わない。


「もうずいぶんと長い間遊ばれているから、貴族の間での評判はかなり悪い。騎士があの方を酒場まで回収にいくことも珍しくはないからな」


 それも知っている。昨日もそうだったから。


 とはいっても、デュールお義兄様とお話した印象では、根っからの遊び人には思えないので、少しだけ私の中の印象と事実が食い違ってしまう。


「大きな声では言えないが、リーベにあの方が良い影響を与えるとは、私には思えない」

「心配してくださってありがとうございます」

「当然だ。リーベは私の婚約者なのだから」


 穏やかに微笑んだ私にパシェン様が蕩けるように微笑み返してくれる。


 パシェン様のそういうお顔を見ると、心臓がどきどきして仕方ない。ときめく胸を押さえたいのを堪えて、私は優雅にティーカップをソーサーに戻した。


「そうです、パシェン様! 私、やりたいことがあるのです」

「なんだい、リーベ」

「あーん、というものをやってみたいのです!」


 ラブラブな恋人同士がやる「あーん」は前世からの憧れなのだ!


 前世で三十二歳まで生きたけれど、私は喪女だったので、恋人もいなかった。


 少女漫画を読みながら、一度でいいからやってみたいなぁという憧れが幼少期からあったのだ。


 今の私とパシェン様の距離ならきっと許される! そう思って私が意気込んでパシェン様にお話を振ると、パシェン様はぱちと瞬きをした。


「あーん、とはどういうものだろう、リーベ」

「パシェン様、こちらにいらしてください」

「? ああ」


 お堅いお義兄様には「あーん」ではわからないらしい。手招きをしてパシェン様を呼ぶと、パシェン様は素直にイスから立ち上がって私の隣にきてくれた。


「屈んでください」

「わかった」


 私の要望通りに膝を折り曲げて視線を合わせてくれたパシェン様に、私はテーブルの上からクッキーを一つ取ってパシェン様の口元に運んだ。


「?!」

「はい、あーん、です」

「リーベ?」

「食べてくださいませんか、パシェン様」


 お願いです、と令嬢スマイル改め王女スマイルで微笑むと、パシェン様は頬を赤らめつつも小さく口を開いてくださった。


 パシェン様が開いた口にクッキーを入れる。もぐもぐと控えめに咀嚼をするパシェン様に、私はにっこりと微笑んだ。


「どうでしょう? 私の憧れだったんです!」

「……これは、いいな」

「よかったです!」


 にこにこと笑う私に、パシェン様は膝を伸ばして真っ直ぐに立って口元を抑えている。頬にはまだ赤みがあって、白皙の肌に映えていて美形が照れている光景は眼福だ。


 パシェン様の照れ顔を至近距離で見られるのは婚約者である私だけの特権だ。


 笑みが止まらずずっとにこにこと笑っていると、パシェン様もまたテーブルからクッキーを一つ手に取った。


 普段は騎士として白い手袋をはめているが、私とのお茶会では手袋を外すという小さな気遣いをしてくださる手がまっすぐに口元に運ばれる。


「リーベ、口を開けて」

「あーん」

「いい子だ」


 お返しだ、とすぐに察せられたので、私は素直に口を開いた。


 私の口の中にクッキーを入れてもぐもぐと食べる私をご満悦の表情で見つめるパシェン様の優しい微笑みに、私もときめきが止まらない。


 パシェン様と、こんなバカップルみたいなやりとりができるようになるなんて、十五歳の誕生日には考えられなかった。


 私は本当に幸せ者だ。


「ふふ」

「どうしたんだ、リーベ」

「私は幸せだなぁと噛みしめていました」


 パシェン様とお茶会を共にするたびに思うのだ。愛されている、と。


 心の底から大切にされているのがひしひしと伝わってくるから、パシェン様とのお茶会では心が満たされて、日々の原動力となるエネルギーがもらえる。


「私もだ、リーベ。愛しの婚約者」


 少し臭い台詞もパシェン様が言うと様になる。惚れた欲目を抜いたって、パシェン様はかっこいいから!


 パシェン様の顔が近づいてきた。そっと目を閉じると、額に柔らかなものが触れる。額にキスをしてもらったのだ。


「ふふ」

「嬉しそうだな」

「はい。幸せです」


 噛みしめるように口にする。公爵家の片隅で埃と一緒に膝を抱えていた公爵令嬢リーベはもういないのだと感じられるのもあって、パシェン様に愛されるほど心が満たされる。


 にこにこと微笑み続ける私の前で、パシェン様が膝をついた。私が膝の上で揃えていた手をそっと取って、キスを落とす。


 その姿は、物語に出てくる王子様そのものだ。パシェン様は公爵なのだけれど。


「私の愛は永遠にリーベのものだ」

「私の愛情もずっとパシェン様のものです」

「そうか」

「はい」


 お互いに愛を確認して笑み崩れる。


 この時の私は、この幸せが崩れるなんて、欠片も想像していなかった。

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