第四十九話・パシェン様とのお茶会
泥酔して眠ってしまったデュールお義兄様が騎士の人に回収されたのを見て、私も王宮に戻った。
どうやら抜け出していたことは誰にもバレていないらしかった。
ほっと胸を撫でおろしつつ、ウィッグと男物の洋服をバッグに入れてベッドの下に隠す。
ネグリジェに着替えて、ベッドに転がる。
思い出すのはデュールお義兄様がエクセンお義兄様のことを語っていた時の優しい眼差し。
(兄弟仲が微妙みたいな話を聞いていたけど、実際には違うのね)
あの眼差しに嘘はないと思う。そもそも、たまたま一緒に飲んだだけの赤の他人に嘘をつく必要がない。
(複雑な事情がありそうだけど)
どこまで踏み込んでいいのだろう。でも、もう私だって家族だし、ある程度は踏み入っても許される気がする。
なにより、私とパシェン様の間にあったような誤解がエクセンお義兄様とデュールお義兄様の間にあるとしたら、それはとても悲しいことだ。できれば取り除いてあげたいと思う。
「とりあえず……寝よう……」
もうだいぶ夜も遅い。さっきから眠すぎて欠伸が止まらない。
くありと欠伸を噛み殺して、私は夢の世界に旅立ったのだった。
公爵家と違うふかふかのベッドは、それはもう心地よく私を夢の世界へと導いてくれた。
* * *
翌日、寝不足を訴える身体を無理やり起こして、欠伸を噛み殺しながら起き上がった。
顔を洗えばある程度意識はすっきりする。メイドに髪を梳かして貰い、着替えを手伝ってもらって、ドレスに袖を通す。
アクセサリーの類もしっかりつければ、鏡に映るのは貧相な虐げられていた公爵令嬢ではなく王族のお姫様だ。
公爵家で着ていた流行遅れのドレスは全て処分した。
王妃であるお義母様がマーテル様と一緒にうきうきとしながらオーダーしてくれた最新の流行のドレスを身にまとうのは、まだちょっと変な感じがする。違和感がぬぐえないというか。
毎朝、メイドが綺麗に髪も化粧も整えてくれるから、本当に鏡の中にいるのは別人のように思える。
今日も今日とて勉強だ。
立派な王女で聖女になるために、今日も頑張ろう!!
王宮を抜け出してから三日が立った。今日はパシェン様とのお茶会の日だ。
朝からそわそわする気持ちを抑えて、私は午前の勉強をやっつけて、午後のお茶会に備えた。
お茶菓子は毎回パシェン様が持参してくれるので、あえて少ない量を用意してもらっている。
せっかくパシェン様が私の為にとマーテル様と一緒に街で美味しいお菓子を探してくれているので、それを食べたいから。
今日は天気がいい。王宮の庭園のガゼボでお茶会をすることにした。お茶会の取りまとめは私に一任されている。
これは将来を見越してのことだ。私は将来的にパシェン様と結婚して、公爵家を取りまとめる女主人になるのだから、今から練習をした方がいいだろう、と判断されたのだ。
ガゼボに用意されたティーセット――前世で言うところのアフタヌーンティーとよく似たお茶会のセットを前に、私は優雅に淑女の礼をする。
「ようこそ、お義兄様」
「今日も綺麗だな、リーベ」
お菓子と花束を持ってきてくださったパシェン様の誉め言葉を受け取る。
パシェン様は最近では歯の浮くような褒め台詞を口にしてくれるようになっていて、私は照れながらも嬉しい気持ちが抑えきれずにいる。
花束を受け取る。前世で言う薔薇によく似た華やかな花束だ。
薔薇には花束にする本数で花言葉があったけれど、この世界でもそういうのはあるのだろうか。
どうでもいい思考を頭の片隅でしつつ、パシェン様ににこりと微笑む。綺麗だと思ってくれたらいいな、と最近上品な笑い方を研究しているのはパシェン様には秘密だ。
お互いイスに座って、私は膝の上に置いた花束を愛でる。
「ありがとうございます。とっても綺麗なお花ですね」
「ああ。最近良い花職人を見つけたんだ。リーベが気に入ってくれたなら、これからもそこを贔屓にしよう」
「すごく素敵です。私、この花束を作られる方、好きです」
「……妬けるな」
ぽつりと呟かれたパシェン様の言葉に、私は軽く目を見開いた。一拍置いて、蕩けるように微笑む。
「パシェン様が一番です」
「ああ」
こくんと頷いたパシェン様はすごくかわいい。
パシェン様は私より五歳年上の二十一歳だけれど、私に関して焼きもちを焼いているときのパシェン様は二、三歳幼く見えることがある。
「嫉妬したんですか?」
「そうだ」
「ふふ、ありがとうございます」
素直に頷くパシェン様は本当に女心をくすぐる愛おしさを持っている。
そっと近づいてきたメイドに花束を渡す。部屋に飾ってもらうのだ。いつまでも私が持っていると萎れてしまうから。
静かに頭を下げてさがったメイドを見送って、私は改めてパシェン様に向き直った。
「パシェン様、今日のお菓子はなんですか?」
「母上と街で見かけた流行の菓子だ。焼き菓子なんだが、形が可愛くてな」
パシェン様が合図をすると、控えていたメイドが静かにテーブルにパシェン様の手土産であるお菓子を並べた。
お皿に綺麗に盛り付けられたお菓子は、先ほどの薔薇のような花と同じ形をしていて、目にも楽しい。
「わあ、とっても素敵です!」
「喜んでくれたなら嬉しい。母上が美味しいといっていたから、味は大丈夫なはずだ」
マーテル様はとても味覚が鋭い。美味しいものに詳しいし、流行にも敏い。
マーテル様のセンスを私もパシェン様も信頼している。さらにいうなら王妃様だって認めている。
だから、パシェン様は私への贈り物は基本的にマーテル様の意見を取り入れているらしかった。
私としてはパシェン様が私の為に用意してくれたものであれば、どんなにセンスが悪くても嬉しいけれど、パシェン様がマーテル様と交流を深めるきっかけにもなっているようだったから、なにも口は挟んでいない。
「そういえば、パシェン様。伺いたいことがあるんです」
「なんだい、リーベ」
「王家の方々の家族関係について、踏み込んだお話をしていただけませんか?」
私の直球な問いかけの言葉に、パシェン様は難しい顔をして黙り込んだ。
私には聞かせたくないのかもしれないと察せられたが、それでも今の私には王家の方々の情報が欲しい。
「……デュール王子についてか?」
「はい。気になっていて」
「……」
パシェン様の言葉に一つ頷く。私の言葉にパシェン様は浅く息を吐きだした。
「エクセン王子は兄君のデュール王子を高く評価されているが、私はそうは思わない」
「どうしてですか?」
「あの方は――ろくでなしだからだ」
端的で攻撃的なその言葉に、私は小さく目を見開いた。




