第四十七話・久々の男装
デュールお義兄様に会うために、私は久々の男装をすることにした。
王宮へ引っ越しをした際に、荷物にこっそりと忍ばせていた平民男性の服を身にまとう。ウィッグだって忘れない。
普段の私ならとっくに就寝している夜も更けた頃を見計らって、外に出る。
いままで私がこっそりと王宮を抜け出したことがないからか、警備の騎士に捕まることもなかった。
私が男装した姿を知っている人がそんなにいないのも要因の一つかもしれない。
夜分遅くに外出するのは、騎士団の下っ端だった頃を含めて初めてだ。
わくわくする気持ちをぐっと抑えて、あまりきょりきょろと周囲を見ないように気を付ける。
またスリに狙われたらたまったものじゃないもの。
目的地はデュールお義兄様が出入りしていると耳にした飲み屋だ。平民街の一角にあるという酒場に、デュールお義兄様は時々出入りされているらしい。
お茶会のあと、メイドたちからそれとなく聞きだした。お義兄様を心配する妹に、王宮のメイドたちはとても心を砕いてくれて、あれこれと本当に色んな噂話を聞かせてくれたのだ。
(面会を拒絶されるなら、こっちから会いに行くんだから!)
パシェン様は私を過度に心配していたけれど、私自身としては新しくお義兄様になった方にご挨拶くらいしておきたいし、エクセンお義兄様の気持ちだって気がかりだ。
意気込んで夜の街に繰り出した私は、意気揚々と噂の酒場に突撃した。
途中、変な酒場に誘われたりもしたけれど、適当に躱して辿り着いた噂の酒場は、当然ながらアルコールの匂いが充満していた。
(臭くない?! この世界のアルコール!!)
酒臭い。とにかくお酒の匂いがすごい。
前世では一般社会でOLをしていたので、そこそこ飲みの席にも出席したが、あの時とは大違いの雰囲気と匂いだ。
恐らく、お酒の種類が違うのが理由として大きい気がする。思えば、この世界では私は成人しているとはいっても、お酒を飲んだことがない。
なお、この世界の成人年齢は男女ともに十六歳だ。
「おい、坊主。店を間違えてねぇか」
「そんなことないよ! ここに用事があるんだ!」
すごんでくる店主に、年相応の少年らしく答える。騎士団では下っ端だったのもあって敬語だったけど、こういうお店で敬語を使うのは可笑しいことくらい、世間知らずの令嬢だって知っている。
きょろきょろと辺りを見回した私は、すぐにデュールお義兄様を見つけた。
落ち着いた新緑の髪に、王族特有の金の瞳を持った青年が、店の片隅で一人で飲んでいた。噂は本当らしい。
(髪と違って目の色は変えようがないものね)
あまり公にはなっていないが、王家に生まれる者は大抵金の瞳を持っている。金色の瞳は王族である証なのだ。
髪の色は遺伝でまちまちのようではあるが、瞳の色は王族は金色だと決まっている。ファンタジーな世界である。
なお、私が作ったウィッグは一般流通をしていないが、染粉という文化は一応あるらしい。
一度染めてもそんなに長続きはしないと私のウィッグを作った美容室の店長は言っていた。とはいっても、落ちるのに二、三日かかるというから、私は染粉ではなくウィッグを作ったのだけれど。
その気になれば髪の色は染めて隠せるのに、それすらしていないのは、デュールお義兄様に身分を隠す気がないのを伝えてくるようだ。
それにしても顔が整っている。パシェン様ほどではないにしろ、王家の皆様は美形揃いだ。
私は軽い足取りでデュールお義兄様が座っているテーブルに近づいた。デュールお義兄様は静かに飲んでいるようで、私を見上げてぎろりと睨んでくるが、気にすることでもない。
「僕もいい? 僕はフィーネ! よろしくね!」
にこにこと笑って挨拶をする。リーベだというのはいまは隠しておこう。王家に養子入りした聖女リーベの名前はそこそこ有名らしいので、下手に名乗ると混乱が起こる可能性がある。
私の名乗りにデュールお義兄様は樽ジョッキでぐいっと酒を煽って赤い顔で私を睨む。
「余所へ行け。子供の相手をする気はない」
「そういわずに。あ、すみません、ヴィンデのサイダーを一つください!」
「はーい!」
「おい」
ウィンデとは前世で言う朝顔に似た花である。炭酸で割ったジュースとしてよく飲まれているのだが、これがまた美味しいのだ。
「……せめて酒を飲め」
「いやぁ、僕、お酒を飲んだことがなくて」
頭に手を当ててへらりと笑うと、デュールお義兄様がため息を一つ吐きだした。
「どうして酒場にきたんだか」
「雰囲気を味わってみたくて! 僕、大人の男に憧れてるんです!」
私は一応成人済みではあるのだが、私が男装した姿のフィーネは中々年相応にみられないので、不自然ではないはずだ。それに、どっちにしろフィーネはまだまだ少年である。
「大人の男、ねぇ」
意味ありげにデュールお義兄様が言葉を繰り返す。ちらりとこちらに向けられた流し目は色っぽくて、パシェン様という素敵すぎる婚約者がいる私ですら、変に心臓が跳ねた。
「……モテる男の仕草だ……」
「はあ?」
ぽつりと呟いた私の言葉に、デュールお義兄様が不思議そうな声を出す。適当に笑って誤魔化したタイミングで、ヴィンデのサイダーがテーブルに届いた。
「じゃあ、かんぱーい!」
グラスを手に取って掲げた後、私は半分ほどを一気に飲み干した。
これこれ! この喉越しがたまらないのよ!!
「お前、マイペースだっていわれるだろ」
「言われたことないですね」
「嘘をつくな」
ぽんぽんと弾むように続く会話は心地いい。店内の雰囲気に当てられて、私も気持ちが酔っているかもしれない。
目当ての人物をしっかり見つけた達成感と相まって、私は少しだけふわふわした口調で尋ねた。
「兄との距離を詰めるにはどうしたらいいと思いますか?」
「兄? 兄がいるのか」
「はい。でも会ってもらえなくて」
「ふーん」
興味なさげな返事ではあるが、金色の瞳の奥に好奇心が見える。私は「はあ」とそれっぽいため息を吐きだした。
「義理の兄なんですが、どうにも僕を避けていて」
「ほう」
「僕は仲良くなりたいんですけど、どうしたらいいですかね?」
ちらっとデュールお義兄様を見上げる。デュールお義兄様は赤い顔で、それでも少しだけ真剣に考えている様子だった。
「俺だったら――殴る」
「殴る?!」
突然の問題発言に、思わず素っ頓狂な声がでた。
殴るってなに?!




