第四十六話・家族の関係
公爵令嬢から王族のお姫様になって変わったことはいくつもある。
一つ目、お義兄様――パシェン様との関係。私とパシェン様は義兄妹から婚約者になった。
二つ目、エクセン王子との関係。私とエクセン王子は義兄妹になった。
三つ目、王族としての勉強と聖女としての勉強で自由時間はあんまりない。
でも、全部含めてそんなに悪くないと思っている。公爵家の片隅で腐っていた頃に比べれば、万倍マシな環境だ。
前世の頃から勉強はそんなに嫌いじゃなかったのも要因として大きいのだろう。
あと、多分手加減してもらっている。お父様によるお義兄様へのスパルタを通り越した虐待教育を間近で見ていた私としては、今の勉強の量は全然マシに思えるのだ。
アミやクルール様は「大変そうね」「無理すんなよ」と気遣ってくれるけれど、パシェン様やエクセンお義兄様からは「毎日頑張っているな」「その調子だよ」という応援の言葉しかもらわないのが、予想を裏付けている気がする。
勉強で忙しい日々の中、私の楽しみの一つはお義兄様やアミとのお茶会だ。
侍従長が私以外の人たちの予定も全て把握して組んでくれるお茶会は、忙しいお義兄様の負担にならない範囲だとわかっているから素直に楽しめる。
アミはお義兄様に比べて全然時間に余裕があるから、そもそもあまり気にしていないけれど。
そして今日のパシェン様とのお茶会は、珍しくエクセンお義兄様が同席されていた。
「エクセン王子、私とリーベのお茶会を邪魔して楽しいですか?」
「楽しいよ」
「……殺す」
そんな物騒なやりとりを序盤にしつつも、今はいたって和やかな雰囲気だ。
紅茶を飲みつつ、パシェン様持参のお土産のお菓子をつまみつつ時間はゆっくりと流れている。
「そういえば、私まだ第一王子のデュールお義兄様とお会いできていないんです」
王家に迎え入れられた直後に、顔合わせの食事会があったのだが、デュールお義兄様はその食事会も欠席されている。
それから何度か面会を申し込んでいるのだが、いまだに色好い返事は貰えていない。
私の言葉に、エクセンお義兄様が難しい顔で黙り込んだ。パシェン様も口元に手を当てている。
「……兄上は気難しい方だから」
ぽつりと零されたエクセンお義兄様の言葉に、パシェン様が眉を寄せた。
「はっきり言われてはどうですか。遊び歩いていると」
「えっ」
「パシェン」
パシェン様の意外な言葉に私の口から驚きの声が零れる。エクセンお義兄様がパシェン様をたしなめるように名前を呼んだ。
「すぐにリーベも知ることになります。夜会に出れば、デュール王子の良い噂など耳にしないでしょう」
ああ~、なるほど、周知の事実な噂なわけだ。
私は夜会への出席の経験がない。唯一夜会に出たのは、お父様の断罪が行われたあの時くらい。当然ながら、あのドタバタの中で周囲と交流を持つ時間なんてなかった。
だから、夜会では当然のように流れる噂も私の耳には入ってこない。
私はじっとエクセンお義兄様を見た。エクセンお義兄様はため息を吐きだして、気持ちを入れ替えるようにして私をみる。
「兄上は、決して悪い方ではないんだ。ただ、兄上を取り巻く環境が兄上を変えてしまった」
「……王太子の座のことでしょうか」
「それもあるね」
第一王子であるデュールお義兄様は、二属性の魔力適正と王族として十分な魔力量を保持している。一方で、第二王子であるエクセンお義兄様は三属性の魔力適正と、お義兄様に及ばないながらも莫大な魔力量を持っていた。
だから、第二王子であるエクセンお義兄様が王太子の座に就いた。実は私がその話を知ったのは、男装して騎士団に入団してからだ。
騎士団に入る前の私は、本当に外界と隔絶された環境に置かれていたから、それすら知らなかった。
この国はどこまでも魔力適正と魔力量で人生が左右される。
「兄上は身体も弱いんだ。私の魔力適正と魔力量もそうだが、それ以上にそこを懸念されて王太子から外されている」
「お身体が……?」
「ああ。一日の大半は寝込んでいると聞く」
それなら遊び歩いているというお話はどこからでてきたんだろう。不思議そうにしている私の表情に気づいてらしいパシェン様が補足するように口を開く。
「デュール王子は荒れておられる。体調の良い日は街で吞んでいるともっぱらの噂だ」
「あくまで噂だよ、パシェン」
「……噂ではあるが、事実でもある。何度かあの方を探しに、騎士団が動いたこともある」
窘めるエクセンお義兄様に反論するようにパシェン様が口を開く。パシェン様もデュールお義兄様に思うところがあるのだろう。
「こんなことはいいたくないが、リーベがデュール王子に近づくのを、私は見過ごせない」
「パシェン」
「エクセン王子、これがデュール王子の対外的な評判です」
眉間に皺を寄せたエクセンお義兄様に名前を呼ばれても、パシェン様は揺らがない。
恐らく、私が関わっていなければパシェン様だってここまでのことは口にしない。
「……デュール王子の置かれている環境に思うところは私にだってある。だが、それ以上に彼の方は毒なんだ」
「私にとって、ですか?」
「ああ」
慎重に問いかけた私に、パシェン様は一つ頷いた。エクセンお義兄様は沈黙している。
ああ、やだな。自分から振った話題だけど、折角のお茶会の席なのに。
「まあ、兄上のことは追い追い考えるとしよう。いまはお茶会を楽しまないとね」
私の考えを見通すかのように、エクセンお義兄様がそう告げる。私は軽く目を見開いてから、こくんと頷いた。
「デュール様は私にとってもお義兄様です。お力になれることがあれば仰ってください」
「頼もしいね。パシェンもこうであればいいのに」
「む」
やれやれとわざとらしく肩を竦めたエクセンお義兄様に、パシェン様が渋い表情をする。
それがちょっと可笑しくて私が笑うと場の雰囲気が一気に和やかになった。
ああやっぱり、エクセンお義兄様はすごいな。
穏やかな雰囲気に戻ったお茶会で、私はこっそりと思考を続けていた。
どうにかして、デュールお義兄様に会いに行きたい、と。
本日より第二章の始まりになります!
完結まで毎日更新していきますので、よろしくお願いいたします。
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