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虐げられた男装令嬢、聖女だとわかって一発逆転!~身分を捨てて氷の騎士団長に溺愛される~  作者: 久遠れん
第一章

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番外・積み重なる愛の言葉

「パシェン様……パシェン様……」


 ネグリジェをきて、ベッドに座って私がぶつぶつと呟いているのはお義兄様の名前。


 正確には、もう私の『お義兄様』ではないけれど。


 先日、私は正式に王家の養子に入った。私の立場は公爵令嬢から王族のお姫様にグレードアップした。


 先日、エクセン王子主催のお茶会に呼ばれた際、同じく呼ばれていたクルール様との会話の中でパシェン様のことを『お義兄様』と呼んで「もうパシェンは兄貴じゃないだろ」と突っ込まれたのだ。


 同席していたエクセン王子にも「そうだね。いまは私が義兄だからね」と微笑まれ、その場に当然ながらいたパシェン様に「いつ切り出そうかと思っていたんだが、よければ名前で呼んでほしい」といってもらったのだ。


 その場では恥ずかしくて呼べなかったけれど、言われてみれば確かにその通りで、私は寝る前の今、パシェン様の名前を呼ぶ練習をしていたのである。


「私、お義兄様――パシェン様の婚約者だもの。お義兄様呼びではおかしいのよね」


 自分でもわかっているけれど、それでも長年の癖は簡単に抜けてくれそうにない。


 同じくらいエクセン王子を『お義兄様』と呼ぶのも違和感がある。とはいっても、私はエクセン王子の義妹になったのだから『お義兄様』と呼ばないといけないわけだが。


「うーん、エクセン王子のことはエクセンお義兄様、でいいかしら」


 首を傾げつつ口に出した単語は案外しっくりきた。私の『お義兄様』はやっぱりパシェン様だし、呼び分けをしていこうと心の中で決める。


「パシェン様を前にして、ちゃんと名前で呼べるようにしないと」


 パシェン様、その名前を口にするたびに、心に温かいものが宿る。頬も熱をもって、両手で頬を抑えると、手のひらに熱が伝わってくる。


「~~~っ! 今日はもう寝よう!」


 ばたん、と後ろに倒れて私はごろごろと転がった。


 気恥ずかしい、嬉しい、ちょっと楽しい。

 気持ちがふわふわしている。こんな幸せを味わえるなんて、少し前の私では考えられなかった。



 * * *



 三日後、私はパシェン様と二人でのお茶会の席にいた。


 パシェン様は今日は手土産にと可愛いバラの形をしたクッキーを用意してくれていて、目にも楽しいお土産に心が躍る。


 パシェン様がくれるものは何だって嬉しい。私のことを考えて選んでくれていると伝わってくるだけで幸せな気持ちになる。


「どうだろう、リーベ。こういうものは好きだろうか。母上がリーベくらいの年頃の女性にはとても評判が良いのだといっていて」


 パシェン様は以前より少しだけ饒舌になっている。その変化もまた私は嬉しい。

 にこにこと笑顔を浮かべて、私は口を開いた。


「とても嬉しいです。おに――パシェン様」


 お義兄様、とまた口にしそうになって、咄嗟に置き換える。私がパシェン様の名前を呼ぶと、パシェン様は軽く目を見開いて、それから蕩けそうな笑みを浮かべた。


「ありがとう、リーベ」


 その声音があまりに優しくて、包み込むように温かかったから。

 心臓がどくんと跳ねる。どきどきと煩い心臓を自覚しながら、私は笑み崩れた。


「お義兄様が喜んでくださるなら――あっ」


 また『お義兄様』と呼んでしまった。思わず口元を抑えた私の前で、パシェン様はくすくすと小さく笑って肩を震わせている。


「大丈夫だよ、リーベ。まだ慣れないんだろう」

「はい。パシェン様は長く私にとってお義兄様でしたから」

「そうだろうね。私にとって、リーベはずっと好きな相手ではあったが」

「お義兄様?!」


 思わぬ吐露に私は驚愕の言葉を漏らした。お義兄様は変わらず笑みを浮かべたまま、用意された紅茶に手を伸ばす。


 今日の紅茶の茶葉はマーテル様がわざわざ差し入れしてくださったものだ。


 マーテル様のお屋敷で飲んだものにはなぜか一歩味が足りないけれど、十分に美味しく淹れてもらった紅茶で喉を潤したお義兄様が、カップをソーサーに戻して、また微笑んだ。


「私はずっとリーベが好きだったんだよ。それこそ、リーベが養子にきた私に「おにいさま」と呼んでくれたあの日から」

「え、え?!」


 そんな昔から?! 本当に?!


 お義兄様が私の義兄になったのは五年も前の話で、当時の私は五歳で、お義兄様は十歳だった。

 驚く私に、お義兄様は過去を懐かしむように綺麗な空色の瞳を少しだけ細めた。


「いまでも鮮明に覚えている。母から引き離されて荒んでいた私に、太陽のように天真爛漫な笑みで笑いかけてくれたリーベの笑顔を。あのとき、私の心は確かに救われて――ああ、この子が誇れる義兄になろう、と決意したんだ。でも、自覚がなかっただけで、恋に落ちた瞬間でもあったんだろう」


(そんなに印象に残るような笑い方したかしら、私?!)


 お義兄様が口にする出会いの話に、必死に記憶を手繰る。


「当時の私は兄弟というものに憧れていて、だから『お義兄様』ができたのが、とにかく嬉しかったのは覚えています」


 記憶を紐解くように、丁寧に過去の記憶を辿る。


 お義兄様がエスラティス公爵家に来た日、私はまだ魔力検査と魔力量がゼロだとわかる前だったから、お父様にもお義母様にも娘としてそれなりに大事にされていた。


 前日に「義兄ができるぞ」とお父様に言われていた私は、本当にお義兄様に会えるのを楽しみにしていた。寝物語に聞いていた『兄妹』という存在に酷く憧れていたから。


 だから、空気が読めなかった。


 お義兄様がこの世の終わりのような表情をしていたのに、馬鹿みたいに元気な声で『はじめまして! リーベです!!』と挨拶をしたのだ。


 私的には割と黒歴史よりだったのだが、気づかないうちにお義兄様の心を射止めていたというのなら、過去の自分に全力の感謝をおくらねばならない。


「ふふ」

「どうした、リーベ」

「いえ、私はお義兄様に申し訳ないことをした、と思っていたので。私たちの勘違いは、その頃から始まっていたのだな、と思ったら少し可笑しかったのです」


 私たちはずっとすれ違っていた。

 互いを大切に思いながら、それを口に出せず壁を作って、勘違いを積み重ね続けた。


「でも、今は違います」


 私は真っすぐにお義兄様――パシェン様を見上げて告げる。


「お慕いしています、パシェン様」


 私の唐突な愛の言葉に、お義兄様は大きく目を見開いて、すぐに喜びを前面に押し出すように微笑んでくれた。


「私もだよ、愛しのリーベ」


 ああ、幸せだ。本当に幸せで。

 幸せすぎて、死にそうなくらい。


(でも、きっと)


 これから毎日幸せは積み重なっていく。

 窒息しそうな愛と共に。

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