第四十四話・友情と親愛と新たな縁
騒動に一段落がついて、私たちは控室に戻った。
広間では変わらずパーティーが続いているらしいけれど、きっと話題は私たちのことで持ち切りだろう。
控室に戻ったのは、私とお義兄様、エクセン王子にクルール様、お義兄様のお母様――マーテル様の五人だ。
私は本当はアミも誘いたかったけれど、タイミングを完全に逃したし、アミだってこのメンバーの中に混ざるのは勇気がいるだろうと諦めた。
後で個別に連絡を入れようと心に決める。アミにもずいぶんと心配をかけた自覚がある。
私と奥様が隣り合ってソファに座り、正面にエクセン王子が座る。
お義兄様とクルール様がエクセン王子の後ろに佇んでいるのは騎士だからだろう。
お義兄様の表情にはまだ動揺の色が残っているが、周囲に合わせて冷静を装っているのがよくわかる。お義兄様、内心めちゃくちゃ焦っていると思う。それくらいこの流れはお義兄様にとって驚きの連続だっただろう。
私でもわかるほどにお義兄様の挙動が怪しいので、周囲にはお義兄様の動揺などお見通しでもあるはずだ。
「まずは婚約おめでとうございます。リーベ様」
「ありがとうございます。マーテル様。――お義母様、とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
私の発言にお義兄様が目を見開いた。
いまはお義兄様の挙動の不審さに突っ込むのは置いておいておこう。
そっと私がマーテル様を伺うように見えると、マーテル様は花が綻ぶように笑ってくれた。可憐な少女のような笑みだ。
「嬉しいわ。貴方が娘になるのね」
両手を合わせて喜んでくれるマーテル様――お義母様に、私も嬉しくなる。
ずっと素敵な方だと思っていたから、マーテル様をお義母様と呼べるのはとても幸福なことだ。
「母上、今回は証人をしていただきありがとうございました」
「いいえ。大切な息子の頼みですもの」
我に返ったお義兄様がマーテル様に頭を下げる。
お義兄様のお礼の言葉にお義母様がふんわりと微笑む。お義兄様は照れたように視線を伏せた。
やっと先ほどまでの衝撃が落ち着いてきたのか、それとも別の話に流れたから気持ちが切り替わったのかもしれない。
「マーテル様、パシェンはどういう経緯で養子に出されたのか伺ってもよろしいですか? 先ほどのお話を聞いている限り、どうも母上が噛んでいるようですが」
ようやく落ち着きだしたお義兄様を横目に、遠慮のない指摘をマーテル様にしたのはエクセン王子だ。
さすがといえる切り込みに、お義母様が視線を伏せる。
憂いを帯びた表情すら美しいから、学生時代に相当モテたという陛下の発言は誇張でもなんでもないのだろう。
「パシェンに養子の話が来た際、わたくしは当初断るつもりでした。どんな大金を詰まれても、たった一人の愛しい息子を手離すことなんて考えられなかった。けれど、わたくしでは抗えない圧力を公爵家からかけられ、わたくしは分不相応と理解しながら旧友であった王妃様に助けを求めたのです」
「母は貴方の訴えを無視したのですか?」
エクセン王子の言葉に、お義母様は首を横に振る。
「いいえ。親身になってお話を聞いていただきました。ただ、当時の私は体を崩していて、公爵家と戦えるだけの体力も財力もなく、王妃様の後ろ盾があるとはいっても、向こうには陛下の後ろ盾もありましたから。お二人を争わせるわけにもいかず、貴方を手離したのです。数年がたった頃に、パシェンの境遇を知り後悔をしても、後の祭りでした。愚かな母を許せとは言いません。パシェン、ごめんなさい」
そう告げて、お義母様は深々と頭を下げた。慌てたのはお義兄様だ。
「顔を上げてください、母上! 私は貴方を責めるつもりなどありません!!」
早口に捲し立てたお義兄様は、そっと顔を上げたお義母様を見て、いままででは考えられない蕩けるような笑みを浮かべた。
「確かに大変ではありましたが、不幸なだけではなかったのです。なぜなら私は、公爵家でリーベと出会えました」
「っ」
突然話の矛先が私へと向いて、私は息を飲んだ。お義兄様の優しい笑みが私へと向けられる。
私のことを愛おしい、と如実に告げる瞳に、心臓が早鐘を打つ。
「リーベ、貴方がいてくれたから、私は折れずに立っていられた。心から感謝している」
「お義兄様、そんな。私はなにもできませんでした」
本当に、私は無力だった。日々勉強に追われるお義兄様の邪魔すらしていたと思う。
大変な日々を過ごしているお義兄様に突撃して「あそんで!」と主張した幼い日を忘れてはいない。
「いいや、リーベの存在は私にとって救いだった。……私の傍に居てくれてありがとう、リーベ」
「お義兄様……!」
お義兄様の空色の瞳と視線が絡み合う。お互いしか見えていない雰囲気に水を差したのはクルール様の咳払いだった。
そういえば、周りに人がいることを完全に忘れていた。
「あー、今回さして出番がなかった俺もさぁ、裏で結構頑張ったんだぜ。褒めろよ、パシェン」
「お前は私にフィーネの死を偽装した。一生許さない」
「それはもう殴られてやっただろ?!」
「殴るだけですむか。百回は殺したい」
物騒な言葉だが、信頼しているからこその気安いやり取りだ。
クルール様がなんだかお腹を庇っているように見えたのは、恐らく腹部をお義兄様に殴られたからだろう。
ちょっとおかしくてくすくすと笑うと、クルール様は珍しく居心地が悪そうに佇まいを直した。
「俺だってフィーネというかリーベ嬢のことを考えて動いたんだ」
「感謝しております、クルール様。最後まで秘密を守っていただきました」
「やっぱり殴る」
「うわっ! もう殴ったじゃねぇか!! これ以上殴るな!」
私の言葉が終わるかどうかというところで、お義兄様の拳がクルール様に飛んだが、流石は騎士団の副団長、危なげない動作でお義兄様の拳を交わして、ぎゃんぎゃんと文句をつけている。
多分、フィーネには避けられない。とはいっても、お義兄様が本気だったらきっとクルール様だって避けられないと思うので、お義兄様も手加減していたと思う。
婚約者としてお義兄様の評価に欲目が入っていることは認めるけれど。
「ふふ、これで大団円かな?」
笑いながら話をまとめようとしたエクセン王子に噛みついたのはお義兄様だ。
「エクセン王子、貴方も私に嘘をつきましたね」
「おや、なんのことかな。私は確かに『リーベが王家の一員になる』とは伝えたけれど『婚約した』とは言ってないはずだよ。パシェンの勝手な勘違いだ」
「義父がそう口にした後だったら、誰だって勘違いするでしょう……!!」
ぎり、と拳を握りしめたお義兄様の言葉は最もだと思う。
けれど、エクセン王子とのやり取りの場に居合わせなかった私にはどちらの味方もできない。
おろおろとした私の視線に気づいたお義兄様が、こほんと咳払いをした。
「まあ、いいでしょう。リーベに免じて許します」
「許す許さないの話じゃないと思うけれど……ああ、私も早く愛しの婚約者が欲しいなぁ。パシェン、そう思うだろう?」
「エクセン王子!!」
からかうエクセン王子の言葉に、お義兄様が頬を染める。
最初にお義母様が小さく笑って、私もつられて笑ってしまった。
場が和やかになって、さすが王位を継ぐ人の人心掌握はすごいなぁと感心してしまう。
笑いが収まったタイミングを見計らって、エクセン王子が再び穏やかに口を開いた。
「さて、問題はまだまだ残っているが、ひとまず婚約おめでとう、パシェン、リーベ嬢」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます」
私はきらきらとした声で、お義兄様は少しだけ不貞腐れた様子で。
それぞれエクセン王子にお礼の言葉を告げた。
エクセン王子を含め、その場に温かな空気が満ちた。




