第四十二話・罪の断罪と証拠、そして
わくわくする気持ちが抑えられない。きっと今の私の目は輝いているに違いない。
視界の端で大まかな事情を知るアミもまたお義兄様を応援しているのが見えた。
それくらいの鬱屈が溜まっている。
お父様とお母様の断罪なんて、私にとってこんなに心ときめくイベントはない!
でも、露骨に喜んでは不自然だ。私は盛り上がる気持ちにぐっと蓋をして、怪訝な表情を作ることにした。視線にも喜びの色を出さないように気を付ける。
演技なら任せてほしい。伊達に長年笑顔の仮面を被り続けたわけじゃない。
「デタラメを言うな! パシェン!」
「証拠ならここに。クルール」
「陛下、こちらを」
お義兄様の後ろから歩み出たクルール様が、手にしていた書簡を陛下に奏上する。
陛下はクルール様から書簡を受け取って、その場で広げた。
恐らく、そこにはお父様の不正の数々が記されているのだろう。
しんと静まり返った場に、お父様の喚き声が響く。
「陛下! 信用なさるな! パシェンは公爵家の爵位欲しさに私を蹴落とそうとしているのです! 長年育てた私に反旗を振りかざす愚息のいうことなど!!」
「ここに在る証人をつれてまいれ」
「わたくしが証人ですわ。陛下」
お父様の主張をまるっと無視した陛下の言葉に応えたのは、お義兄様の後ろに佇んでいたベールを被ったご婦人だ。
声を聞いて、もしかして、と思っていれば、ベールを取ったご婦人はやはりお義兄様の生みのお母様のマーテル様だった。
ベールの下から露わになったのは、上品でいて強い気持ちを隠さない空色の瞳。
白皙の肌に、赤い口紅を引いて、お義兄様のお母様――マーテル様は不敵に微笑んだ。
「陛下、ご機嫌麗しゅうございます。お久しぶりにお目にかかります」
「おお、マーテル。久しいな。息災だったか」
「はい。陛下の御温情を賜りましたので」
綺麗な淑女の礼を取ったマーテル様の言葉の意味がいまいちわからない。
マーテル様と陛下にどんな関係があるのだろう。いぶかしむ視線は私だけではなく、周囲から一斉に向けられた。
陛下は至極楽しそうに話を続ける。
「マーテルとは貴族学園の同級生だったのだ。その美貌で学園中の男たちはマーテルの虜であった」
「陛下」
「儂は妃一筋であったがな! それとこれとは話が別じゃ」
窘める声を上げたのは王妃様だ。だが、それも咎める色というより楽しげな雰囲気が漂う声音だった。
けれど陛下は少しだけ焦ったように弁明する。ああ、なるほど、この短いやり取りで色々と察せられた。
多分、王妃様の方が陛下を尻にしいている。いわゆるかかあ天下というやつだ。
とはいっても、陛下には第二王子のエクセン様を生まれた第二王妃様がいたはずなので、そのあたり王族は複雑なのだろう。ちなみに第一王子のデュール様は正妃である王妃様のお子である。
貴族が通う貴族学園だが、私とお義兄様は通っていない。
私は魔力適正と魔力がゼロだったので、通うお金が無駄だと判断され、お義兄様は学園で友人を作るより公爵家で勉学に励めと圧力をかけられていた。
私がアミという友人を得られたのは一重に偶然の産物なのだ。
「マーテル、久しぶりです。貴方の顔を久々に見られて、私も嬉しいわ」
「王妃様、おひさしゅうございます。息子を取られた際に泣きついて以来ですわね」
穏やかに微笑みながら辛いはずの過去を告げる奥様の言葉に、王妃様が微笑みながらも鋭い視線でお父様を見下した。
絶対零度の笑みとは、ああいう表情のことを言うのだろう。
話に直接関係のないはずの私の背中まで冷える。
「ええ。あの時は――本当に酷かったですね。エラスティス公爵?」
「ひっ」
王妃様に睨まれて、お父様は日本でいう蛇に睨まれた蛙のように小さくなった。
そういえば、こちらの世界では『蛇に睨まれた蛙』に類する言葉はなんだったかしら。
あまりの急展開に少しだけ私は意識を変な方向に飛ばしてしまう。
私の意識が逸れたことに気づいたらしい隣に佇んでいるエクセン王子に軽く肘でつつかれて、やっと意識が正面に戻る。
「我が子を奪われる母の痛み、貴方にはわからないのでしょうね」
「それは! 我が家のほうがパシェンの類まれな才能に適した教育ができると判断し……!」
「では、貴方は我が子であるリーベ嬢に適した教育を施したと仰るのね?」
「もちろんです!」
お父様がすがるような視線を向けてくる。私は思わず王妃様を見上げた。
王妃様は不敵な笑みで、最高のフリを私にしてくださる。
「リーベ嬢、貴方の置かれていた環境を素直に述べなさい。女神に誓って嘘偽りなど口にしないように」
「はい。私は――十歳で受けた魔力適正と魔力検査の結果を受け、長らくの間、虐待を受けておりました」
お義兄様に続く私の告発に、場がさらに騒めいた。
私は青ざめるお父様にとどめを刺すように、悲痛な表情をあえて浮かべて、世を憂いるように口を開く。
「狭い部屋に押し込められ、部屋の掃除もしてもらえず、食事は粗末を通り越した残飯を与えられてきました。それがお父様とお母様の愛だと仰るなら、私はそんな愛は必要ありません」
世を儚むようにほろほろと涙を流しながら、それでも強い口調で告げる。
私の発言にざわりと場は騒々しくなり、とうとうお母様がへなへなとその場に座り込む。
私はトドメを指すように告げた。
「長年お義兄様だけが私を気にかけてくださいました。聖女候補だとわかってからは、部屋こそ広くなりましたが、扉の前に騎士を置かれ、軟禁されておりました。聖女としての修行など、しておりません」
これでお父様は陛下に嘘を吐いたことになる。私の言葉に陛下は眼光鋭く、お父様を見下ろした。
「異論はあるか、エラスティス公爵」
「わ、わたし、は」
「連れていけ! パシェンの上げた罪状は後ほど確認を取る。女神の加護を盾に儂に平然と虚偽を述べた罪で捕らえるものとする! お主にはほとほと愛想が尽きたわ」
「陛下!!」
悲痛な叫び声を上げるお父様と、とうとう卒倒したお母様を騎士たちが取り囲む。
抵抗するお父様がまだまだ喚くのを騎士たちが抑えつけて連行した。お母様は気を失っているので抱き上げられて大人しく連れていかれている。
予想外の展開に騒めく場を沈めたのは、お義兄様の一言だった。
「陛下、発言をお許しください」
「よい、許す」
陛下の許可を得て、お義兄様が今度は私へと身体を向けた。
真摯な空色の瞳に射抜かれる。どくんと跳ねた心臓を抑えて、私はじっとお義兄様の言葉を待つ。
お義兄様は、エラスティス公爵家に連なる私のことも断罪するのだろうか。
――お義兄様になら。たとえ連帯責任だと断罪されても、私はきっと大丈夫。
小さく微笑んだ私に、お義兄様が息を飲んだ。
そして、その場に膝をついて。
「エラスティス公爵家のご令嬢、リーベ様に、私、パシェンは求婚いたします」
そう告げて、騎士の礼を取った。




