第四十話・人生を賭ける
日付は進んで、私がエクセン王子と正式な婚約を結ぶ日になった。
私は今までの人生で一番のおしゃれをさせられて、今日の為に新しく誂えたドレスにアクセサリーをこれでもかとつけられた。
正直、センスがいいかは謎である。なにしろ私はこの世界の今の流行も何も知らない。
(ドレスもアクセサリーも、普段と違って落ち着かないなぁ。アクセサリーに至っては付ける機会もいままではなかったし)
鏡に映る自分は、まるで別人のようだ。
リーベは自分で言うのもなんだが、基本的な外見が可愛らしいので着飾っても可愛いとは思うのだが、鏡の中の姿はなんだか見慣れなくてちょっと落ち着かない。
(エクセン王子の目論見通りいけば、きっと大丈夫)
自分を鼓舞するように内心で「大丈夫」と繰り返す。
エクセン王子はやり手だと騎士団でも話題だった。作戦は必ず上手くいく。
* * *
王宮の広間には様々な貴族が駆け付けている。
エクセン王子と表面上、聖女となっている私の婚約のやり取りを見るためだ。
お義兄様の姿は一度も見かけなかった。警備関係で騎士団の方で忙しいのかもしれない。
綺麗な姿を見てもらえないのは少し残念だけれど、お義兄様の為におしゃれをしているわけではないから、みられなくてよかったという気持ちもあった。
広間を注意深くみていると、アミの姿が見えた。伯爵家の令嬢として呼ばれているのだろう。アミは私と違って社交界にとっくにデビューしているから、いないほうが可笑しい。
アミは私に気遣わしげな視線を送ってくれている。一瞬視線が交わったので、小さく目元だけで微笑む。
エクセン王子の立てた計画はこう。
貴族の方々、特に我が家を含めた四大貴族が全て集まっている広間の会場で、お父様の不正を暴く。
不正の内容は金銭の横領。さすがのお父様も王国の国庫には手を付けていないそうだけれど、細かい不正は山ほどやっているらしい。
主にエラスティス公爵家の領地での税収のちょろまかしや、他の貴族、特に公爵家より格下の貴族相手の理不尽な要求。
お義兄様の養子の件も、年月が立ってはいるが上記に含んで糾弾するのだそう。
公衆の面前で面子を潰されれば、お父様だって黙ってはいないはずだ。
それでもお父様の弁明など握りつぶせるだけの証拠があるとエクセン王子は自信満々だった。
私はお父様が不正をしているだろうことは察していても、証拠は何一つ知らない。
唯一エクセン王子に「お父様はお義兄様のお母様への金銭もきちんとお渡ししてないそうです」というのだけは伝えられたけれど、それも証拠があるかといわれると証言だけなのだ。
エラスティス公爵家は取り潰しになるだろうとエクセン王子は仰った。
お義兄様をお母様の元に返せるのなら、私はエラスティス公爵家がなくなってもなにも文句はない。
取り潰しになるエラスティス公爵家から逃げ出す形になるが、私はそのあとエクセン王子の義妹として、王家の養子に入る。
王家は聖女の候補を手にいれつつ、私は結婚という一番逃げたい選択肢を避けることができると提案されたのだ。
(これからはエクセン王子をお義兄様と呼ぶことになるのね)
公爵令嬢だって相当位が高いが、長年虐げられていたのでいまいちピンときていないのに、さらに位の高い王族になると思うと結構なプレッシャーがある。
けれど、これが一番話を丸く収める方法なのだと提案されれば、拒否する理由もなかった。
こんこんと控えめに控室がノックされた。私が返事をすれば、メイドが扉を開ける。
今までは自分で開けていたが、こういう人を使う環境にも慣れていかないといけない。
開かれた扉から、正装を身にまとったエクセン王子が現れた。
海のように青い髪を後ろに撫でつけて、猫のような金色の瞳に穏やかな色を乗せている。
だが、今の私はそれがエクセン王子の武器であることを知っている。
「リーベ嬢、迎えにきたよ」
いまのところ、周囲は私とエクセン王子が婚約関係を結ぶのだと勘違いをしている。
だからこそのエスコートだ。本当はお義兄様がよかった、なんて贅沢は言ってはいけない。
背筋を凛と伸ばす。いつだって前を向く。微笑みの仮面を被る。
「はい、準備はできています」
口紅を塗った口元を笑みの形にかたどると、エクセン王子が感心したようにほうと息を吐いた。
「君はすごいね。予想以上だ。いや、元々の才能かな?」
からかうように告げる言葉には男装して騎士団に潜り込んでいたことを匂わせている。
「なんのことおっしゃっているのか、わかりませんわ」
私はたおやかに笑って、エクセン王子が差し出した腕を取った。
さあ、お父様。この人生を掛けた賭け、勝ってみせましょう。
私とお義兄様、そして数多の罪のない人々への行動の報いを受けさせてみせます。




