第三十八話・残酷な婚約
部屋を映されて公爵家に軟禁されて、すでに三週間ほどが経過している気がする。
日付の感覚はお義兄様が毎日いらしてくれるから保たれている。
いままで自由に外出ができた分、結構な精神的ストレスがかかっているが、これはもう我慢するしかない。
とはいっても、いつまで我慢すればいいのかわからない現状が苛立ちを募らせる。
今日もまた、お義兄様がいらしてくれた。
お義兄様から騎士団でのお話を聞いている時間が、私にとって唯一の安らぎを得られる時間になっている。
あえてゆっくりと喋るお義兄様に合わせて、ゆるゆると相槌を打つ。
そんな平和な時間は突然の乱入者によって荒らされた。
「喜べリーベ! お前の縁談が決まった!」
そういって声高らかに部屋に乗り込んできたのはお父様だった。
後ろにはお母様もいて、珍しく上機嫌に笑っている。
この二人の機嫌がいいときは、基本的にろくなことが起こらない。
すでにお父様が口にした言葉が、私に一番避けたかった現実を叩きつける。
「えん、だん……?」
お義兄様が茫然と口を開いた。お父様はますます上機嫌に笑っている。
「そうだ! 聖女としての縁談だ! 相手は王太子、エクセン王子だ!!」
「っ」
その言葉に、ぐっと奥歯を噛みしめる。お義兄様をみると、お義兄様の肩が震えていた。
私はお義兄様が下手に口を出さないうちに、とお父様にささやかな抵抗を試みる。
「私は聖女ではありません。王家を騙す気ですか」
「フィーネとかいうガキの死体がでた。となれば次の女神の依り代、つまり聖女はお前だ、リーベ!」
「?!」
フィーネの、死体?
それはどういうことだ。私は五体満足でここにいる。
フィーネの死体なんて、見つかるはずがない。
「義父上! どういうことですか?!」
たまらずお義兄様が声を上げた。
ソファから立ち上がったお義兄様の剣幕に、お父様が眉を寄せる。
だが、王家と私の縁談が決まったのがよほど嬉しいのか、機嫌を損ねた様子もなく話を続けた。
「クルールがみつけたそうだ。川辺で死んでいたと。これで邪魔者はいなくなった」
「あの子供が死んだならば、女神は次の依り代を求めるはずです。リーベ、貴方が女神の依り代となるのです」
お父様の言葉にお母様が続ける。あまりに身勝手な言い分に吐き気がする。
そして、クルール様がフィーネの死体を見つけた、と報告したのならば。
それは、きっと別人の死体だ。
フィーネはきっと色んな人に捜索されているから、フィーネから私に辿り着かないための偽装工作なのだろう。
ありがたい、と思うべきだ。だが、いまはその余裕もない。
「パシェン、お前は今後リーベに近づくな。義兄妹とはいえ、間違いが起こっては王家に申し訳が立たん」
「義父上!」
「異論は認めん。連れていけ」
お父様が顎をしゃくると、普段私の見張りをしている公爵家子飼いの騎士たちがお義兄様を取り囲んだ。
暴れればその分マイナスに働く。お義兄様はちらりと私を見たが、私は黙って首を横に振った。
お義兄様は項垂れて、言われるがままに部屋から退出する。
「リーベ、お前も変な気を起こすな。せっかく割のいい縁談が決まったのだからな!」
「……」
はい、とは頷けなかった。せめてもの抵抗にお父様を睨む。
お父様は「やはり生意気な娘だ」と舌打ちをしてお母様をつれて部屋を出ていった。
(エクセン王子と婚約?! ……お金目当ての他の貴族よりはマシかもしれないけれど……!)
それでも、お義兄様への想いを自覚した私には辛すぎる現実だ。
私は崩れ落ちるように、ソファの背もたれに顔をうずめた。




