第三十四話・軟禁されて過ごす日々
強引に公爵家のお屋敷に連れ戻された私は、自室の場所を移された。
今までの屋敷の隅の日当たりの悪い狭い部屋だったが、元々の部屋はお義兄様が現在使われているから、二番目に日当たりのいい広い部屋へと移された。
お父様に下手に口答えしたせいなのか、部屋の前には常に公爵家お抱えの騎士が控えていて、外に出ることは許されなかった。
食事も部屋まで運ばれている。
今までの残飯のような食事ではなく、豪華な食事にはなったが、食欲はいまいちわかなかった。
紅茶も出涸らしではなくて美味しくなったけれど、やっぱり喉を通らない。
(私はどうなるのかしら……)
雨が叩きつける窓の外を眺めながら、ソファでため息を吐きだす。
今まで部屋にソファなんておけるスペースがなかったから、本当に部屋は広くなったのだ。
ただ、私の心は晴れない。
今までのように食事はマズくても自由に外出できたほうが万倍マシだ。
(フィーネとしてのご挨拶だってできてないのに)
そもそも黙って姿を消そうとした身ではあるが、それでも最低限の義理は通したかった。
私が軟禁されてからすでに二週間が過ぎている。
突然フィーネが姿をみせなくなって、騎士団の先輩や同僚は心配していないだろうか。
お義兄様、は。
フィーネが気になると仰っていた。
クルール様が上手く誤魔化してくれると信じているが、それでも心配をかけてしまうだろう。
(そもそもお義兄様にフィーネが私だといつ打ち明ければいいの……!)
この二週間ずっとぐるぐると考えていることだ。今日もまた頭を抱えていると、扉がこんこんとノックされた。
返事をすれば、執事が「パシェン様がお見えです」と告げる。
「どうぞ、入ってください」
「失礼する」
お義兄様が静かに扉を開けて入ってくる。
この二週間、お義兄様は騎士団の仕事が終わると、必ず私の様子を見に来てくれている。
嬉しい、と思う。けれど同時に、少しだけ申し訳ない。
私はまだ、お義兄様に明確な返事ができていないから。
父と母の存在が、私の口を塞いでいる。
私がお義兄様に「好きです」と伝えれば、今度こそお義兄様は逃げ場を失ってしまう気がするのだ。
「リーベ、体調はどうだ?」
「外に出れないこと以外は問題ありません。大丈夫です」
私はお義兄様に対して、以前より少しだけ自然な笑みをみせられるようになったと思う。
ソファの体面に座ったお義兄様に微笑みかけると、お義兄様はわかりやすく頬を赤く染めて、視線をずらす。
「そうか。それはよかった。今日は騎士団の方で」
そういって騎士団でのことを語ってくれるのは、私が二週間の間ずっと、騎士団での話をねだり続けたからだ。
リーベとして軟禁されてから、フィーネとして男装して騎士団にいけなくなって、きっと無断欠勤扱いで居場所もなくなった。
築き上げた居場所が一つなくなったことは悲しいけれど、いまさらうだうだいっても仕方ない。
失くしたものはきっぱりと諦めるしかないのだ。
そうやって、いままでだって色々なものを諦めてきた。
(でも、お義兄様のことは)
諦めたくないなぁ、と騎士団の日常を話し続けるお義兄様の綺麗な姿を見つめながら、浅く息を吐き出した。
「リーベ、話がつまらなかったか?」
「いいえ、そんなことはありません。ぜひ、続きを教えてください」
「ああ。それで、最近副団長のクルールがな」
再び少しだけ楽しそうに騎士団でのことを話し出したお義兄様をじっと見つめる。
銀の髪と同じ、銀色のまつ毛で縁取られたお義兄様の空色の瞳は、淀みもなく綺麗に輝いているように見えた。
私の現状を確かに憂いているのだろうが、それでもお義兄様は前に進んでいる。
一方で私は、進み方がわからなくなってしまった。
どうやったら前に進めるのだろう。事態は好転するのだろう。
最近、そればかり考えている。
「リーベ? やはり体調が」
「お義兄様、私は」
ピカリ、外が光って雷が落ちた。二人同時に窓の外を見上げる。
同じ仕草をしたことに、私は少し可笑しくて小さく笑ってしまった。
義理とは言え、兄妹なんだなぁ。
突然笑い出した私に、お義兄様も小さく笑いだす。
くすくすと二人で笑って、話は流れてしまったけれど、穏やかな時間がそこにはあった。




