第三十三話・横柄な態度と気丈な笑み
どうしてアミのお屋敷にお父様がいるのか。
疑問に思うのと同時にお義兄様が私から距離を取った。仕方ないとはいえ、少し寂しい。
お父様は上機嫌にアミの家の応接室を我が物顔で闊歩しながら、饒舌に語りだした。
「魔力適正と魔力がゼロの人間は、女神の依り代となれるらしい! 今回選ばれたのは平民だそうだが、リーベ! お前にもチャンスはある! 能無しの欠陥品に利用価値ができた!!」
声高らかにあまりに酷いことを口にする。
思わず眉を顰めた私の横で、お義兄様が殺気立っている。
だが、お父様はそれにすら気づいた様子もなく、趣味の悪いごてごてとした洋服を見せびらかすように、私に近づいてきた。
「喜べリーベ! これからは大切にしてやろう!」
ぐいっとお父様が私の顎を掴む。
思わず睨みつけた私の視線の先で、忌々しいことに私が受け継いだ同じアメジストの瞳に私の苦々しい顔が映り込んだ。
「相変わらず生意気な娘だ!」
長年の癖で口答えこそしなかったけれど、表情には露骨に出ていたのだろう。吐き捨てるようにお父様が口にする。
顎から手が離される。少しよろけた私をお義兄様が支えてくれて、私は背筋を伸ばした。
「お父様、私はエラスティス公爵家の名を返上いたします」
「なに?」
「これからはただのリーベとして生きていきます」
凛と背中を伸ばして告げる。お義兄様が複雑そうな視線を送ってきたけれど、私はあえて無視をした。
お義兄様の想いは嬉しい。けれど、同時に私はお義兄様と一緒に生きていけないと知っている。
私だってお義兄様のことは好きだけれど。でも、それ以上に父と母の道具になりたくない思いも強い。
私の人生で初めての口答えに、お父様は露骨に眉を寄せた。そして、すぐにふんと鼻を鳴らす。
「お前に決定権などない。私の意思がエラスティス家の意思だ。お前はこれから家に戻り、大人しく暮らすんだ。遊びまわることは許さない」
「っ」
ギリ、と奥歯を噛みしめる。あまりに傲慢な言い分だ。
だが、これ以上言い返すことができなかったのは、私に勇気が足りなかったからかもしれない。
人生で初めて父に口答えをした。気丈に振る舞っていても、親に歯向かうことは怖くて、足元が震えている。
ドレスに隠れているから気づかれていないだろうことだけが救いだ。
いままで笑顔の仮面という名の逃げをしてきたつけが回っている。
前世で両親と口喧嘩をしたことはある。だが、それは愛の上に成り立った喧嘩だった。
だが、今は違う。口答えをすれば、なにをされるかわらからない。その恐怖が身体を縛っている。
心臓がどきどきと煩い。浅く息を吐いて私は心臓をそっと抑えた。
お義兄様に告白された時とは違う意味で、心臓が痛い。
「さっさと家に戻れ。リーベ」
「義父上!」
お義兄様が思わずといった様子で口を開いた。私はとっさにお義兄様の腕を引っ張る。
私以上にお義兄様はお父様に口答えしてはいけない。振り返ったお義兄様に私は首を横に振った。
「……!」
お義兄様は悔しそうに唇を噛みしめて、前に出ていた身体を半歩後ろに引いた。
お父様は再び鼻を鳴らして、横柄な態度で応接室をでていった。
……わざわざ、私に釘をさすためにアミの家まで来たのだろうか。本当に暇な人だ。
「すまない、リーベ……」
「大丈夫です、お義兄様」
項垂れるお義兄様に、私は気丈に微笑んだ。
微笑むだけが、やっぱり私の武器であったから。




