第三十二話・盛大な思いの吐露
「お、お義兄様……?」
お義兄様が発した言葉の意味が理解しきれず、混乱する頭で私はお義兄様を呼んだ。
お義兄様はしっかりと私を抱きしめて離さない。
少し息苦しいけれど、気持ち悪いとは思わなかった。むしろ、心地いい息苦しさだ。
初めてお義兄様に抱きしめられた。誰かに抱きしめられるのは、前世の子供時代以来のような気がする。
この世界では、私は十歳のあの日を境に本当に要らない子供だったから。
「リーベのことがずっと好きだった。私は確かにリーベに優しくない義兄だっただろうが、リーベがいなくなるなんて耐えられない。どうか考え直してくれ」
「……お義兄様」
じんわりと心が温かくなる。私は泣き出しそうな自分を自覚して、ぐっと唇を噛みしめる。
誰かに必要とされている。それは望外の幸福に思えた。
その相手がお義兄様なら、なおのこと。
お義兄様が、私のことを愛していると、好きだと言ってくれる。
こんなにも嬉しいことはない。これ以上の幸福など、望んではいけないと思うほど。
「私はフィーネという少年のことも気になっているのだが」
(……あれ?)
なんだか、話の流れが可笑しくなった。なぜ突然フィーネの名前がでるのだろう。
内心で首を傾げる私の前で、お義兄様はつらつらとさらなる思いを吐露していく。
「リーベ、お前が許してくれるなら、フィーネも呼んで三人で暮らそう。フィーネには騎士団より、私の使いの方が安全だろうし、リーベの意見が第一だが、きっとお前たちは名良くなれると思っている。だから、三人で暮らしたい」
(フィーネも私ですね?!)
三人で?! 暮らす?! どうしてそうなるの!!
お義兄様の思考回路が本当に分からない。
お義兄様の突飛な言動に頭が混乱する。
この場合、なんて答えるのが正解なの?! フィーネは私ですってバラしてしまうべき?!
そもそも、フィーネが私だから問題のない発言ではあるけれど、告白と同時に別の人を呼ぼうとするのはどうなんですか、お義兄様!!
というか、フィーネは男ですがお義兄様!
やっぱりお義兄様はそういう趣味が……ってクルール様は?!
クルール様とはどうなったんですかお義兄様!!
混乱する頭で、私はどうにか言葉を吐き出した。
「クルール様」
「は?」
私がクルール様の名前を出すと、お義兄様が地を這うような低い声を出す。
お義兄様が少しだけ私を離して、私たちの間に距離が空くとお義兄様の空色の瞳が少しだけ濁った色を宿して真っ直ぐに私の瞳を覗き込んできた。
「まさかクルールが好きなのか? クルールを殺してくればいいか?」
「そうではないです!!」
これまた飛躍するお義兄様の物騒な理論に冷や汗を流しながら、私は一生懸命弁明する。
「お義兄様はクルール様と恋人同士なのでは?!」
「?!」
私の発言にお義兄様は綺麗な空色の瞳を大きく見開いた。
あ、この驚き方は嘘じゃないな。じゃあ、クルール様の件は私の勘違いか。
すとん、と胸に納得が落ちる。
私は、お義兄様の胸元に手を当てて、小さく咳払いをした。
「お義兄様、私は、リーベは」
まっすぐにお義兄様を見上げる。お義兄様の空色の瞳に、私の顔が映り込む。
お義兄様は小さく息を飲んだ。私は蕩けるように微笑んで。
「お義兄様のことを」
小さく、口を開いて。
愛の言葉を吐き出そうとした、その、瞬間。
「リーベ喜べ! お前に存在価値ができた!!」
死にそうなほど嫌いな父親の声が、なぜかアミの屋敷であるはずの部屋に響き渡った。




