第三十一話・やっと伝えられた愛の言葉
クルール様のアドバイス通り、私は公爵家を出ることにした。
女神だかなんだか知らないけれど、私に変な力があって、そのせいでこの先の人生がめちゃくちゃにされるなんて絶対にごめんだ。
私はアミの家でリーベの姿に戻って、公爵家の自室に隠していたお金を取りに一旦公爵家に帰宅した。
誰にも相手をされることなく自室に入り、ベッドの下からお給料を取り出す。
手入れが行き届いていないぼろいドレスだけれど、売ればいくらかのお金になるかもしれない比較的綺麗なドレスを畳んで鞄に詰める。
ドレス以外に換金できそうなものがないか、部屋をぐるりと見渡すが、宝飾品の類はほとんどもっていないし、ないものねだりをしている時間もない。
急いで準備をしているけれど、タイムリミットが分からない。
焦って家を飛び出した私は急く気持ちを抑えて、アミのお屋敷に飛び込んだ。
アミは目を白黒させて「どうしたの?」と驚いている。
私は事情を何と説明していいのか、そもそも説明して大丈夫なものなのかすらわからず、適当にへらりと笑って「ごめん、ちょっと時間が無くなっちゃったわ」と誤魔化した。
アミはなにかを誤解したらしく、ぐっと唇を噛みしめて「わかったわ。私で力になれることはある?」と聞いてくれた。
気持ちは嬉しいけれど、これ以上アミに迷惑をかけるわけにはいかない。
私は「大丈夫よ」と笑って、フィーネの姿に着替えようといつも借りている部屋に向かおうとすると、メイドが少し慌てた様子で駆け込んできた。
「リーベ様、パシェン様がお見えです」
「お義兄様が? どうして?」
「わかりませんが、リーベ様をお待ちのご様子です」
どうしよう。今すぐ着替えて出ていきたいけれど、お義兄様を無下には出来ない。
それに。それ、に。
(姿を消す前に、一度くらいリーベの姿でご挨拶を……)
幼少期から私に寄り添ってくれていたのはお義兄様だ。
私が十歳の頃に扱い兼ねたのか態度が変わってしまったけれど、それでもお義兄様は私のことを無下にはしなかった。
お義兄様はぶっきらぼうだし、表情は変わらなくてわかりにくいところもあるけれど。
それでも冷淡なだけの人ではないのだ。
特に、想いを自覚した今ならなおさらだ。
「わかりました。アミ、応接室を借りてもいいかしら?」
「もちろんよ。……でも、いいの?」
「ええ」
アミの家で私が仕切っているのはとんでもなく変なことなのだけれど、アミは嫌がる様子もなく受け入れてくれた。
心配するアミに微笑みかけて、私は着替えなどの諸々が入ったバッグをメイドに渡して、ドレスを整える。
「申し訳ないのだけれど、そのバッグはいつものお部屋に運んでおいて」
「かしこまりました」
深々と頭を下げるメイドが荷物を運ぶのを見送って、私は応接間へと向かう。
お義兄様、最後に一目お会いする機会があって嬉しいです。
* * *
応接室で、お義兄様は出された紅茶に手を付けることもなく静かにソファに座っていた。
私が応接室に入ると、お義兄様はソファから立ち上がって、私へと歩みよる。
「リーベ、家のものからお前が普通の様子ではなかったと聞いて迎えに来た」
(余計なことを……いえ、この場合はタイミングよく、かしら)
どこか不安げなお義兄様の言葉に、私は愛想よく笑う。
「お義兄様、ちょうどいいタイミングでした」
「なに?」
「私は本日をもってエラスティスの名を返上いたします。これからただのリーベとして、遠くからお義兄様のご活躍をお祈りしております」
綺麗に笑えただろうか。寂しさは滲み出なかっただろうか。
父にも母にも未練はないけれど。お義兄様ともう会えないことだけが心残りだ。
ああ、フィーネの退団手続きも終わってなかった。でもそっちはクルール様がなんとかしてくれるかしら。
私の言葉にお義兄様が大きく目を見開いた。そして、震える口で、言葉を吐き出す。
「許さない」
「え?」
「許さないといっている!」
激高したお義兄様の激しい言葉を正面から浴びて、私はびくりと体をすくませた。
お義兄様が手を伸ばす。あまりに我儘なことを言ったからぶたれるのかと身をすくませた私の手首を引っ張って、お義兄様が私を――抱きしめた。
「愛している、リーベ。いなくならないでくれ」
掠れた声で告げられた言葉に、私は驚愕から目を見開いた。




