第二十九話・自由に生きる為に
ふっと意識が浮上した。すごく体がだるい。全力で動いた後より酷い倦怠感がある。
指先一本動かすのが億劫だ。けれど、本当は寝続けたいのに、起きなければ、と頭が訴えている。
「……?」
ぼんやりとする頭で周囲を見回すと、公爵家の自室のベッドの上ではないということがわかった。ここはどこだろう。
消毒液の匂いが鼻につく。医薬品が置いてある場所らしい。
公爵家の私のベッド特有の埃っぽい匂いもしない。清潔感に満ちている。
「目が覚めたか」
「……クルール様……」
思わず口から零れ落ちたのは、副団長、という呼び名ではなかった。
口にしてから気づいて、目が一気に覚めた。意識が覚醒する。
「すみません! 副団長!」
思わずフィーネの口調に戻って謝罪をすると、クルール様が苦笑して私の頭を撫でた。
起き上がろうとした私を押しとどめるように軽く頭を押さえられる。
そこで気づいた。ウィッグがない。慌てて両手で頭を押さえると、クルール様が小さく笑う。
「お前が頭にかぶってるやつを寝たままつけて変な癖がついても困ると思ってな。たくさん作れるモンでもないだろ」
「はい。ありがとうございます」
気遣って外してくれているらしいし、すでにクルール様には公爵令嬢リーベであるとバレている。
気にするだけ無駄だと切り替えて、私はお礼を口にした。
クルール様は私が落ち着いたのを見て、ベッドサイドに置いてあるイスに座った。真剣な面差しで私を見る。
「お前、なにをやった」
「? なにを、とは」
「パシェンが死にかけた時だ。お前、なにかやっただろ」
「?」
何を言われているのかわからない。私はただ必死にお義兄様が死なないように、と祈った。
ただ、それだけだ。
訳が分からない。言われている意味が理解できない。そういえば、お義兄様、は。
「お義兄様は?!」
「落ち着け。あの時生きてたやつは、お前以外全員無事だよ」
お義兄様は無事なのだろうか。あれだけの出血をしていた。
私が気を失う前に、なぜか傷が治ったように見えていたけれど、あれは幻覚?
がばりと勢いよく起き上がった私に、クルール様は苦笑を零す。
私はクルール様の言葉にほっと胸を撫でおろして、一拍置いて不思議に思った。
「私、以外は?」
「ああ。パシェンも他の傷を負っていた騎士たちもみーんな無事だ。ついでに魔物も消えて脅威もなくなった。倒れたのはお前だけだ」
「全部倒したんですか?!」
あの量の魔物を?!
驚いて口を開いた私に、クルール様は肩を竦める。
「馬鹿、消えたんだよ。信じられねぇけど、女神の奇跡みたいにな」
その声音はどこか虚無感が漂っている。どうしてだろう、魔物が消えたならいいことじゃないのかな。
首を傾げた私の前で、クルール様はこほんと咳払いをした。ルビーのような赤い瞳が真っ直ぐに私を射抜く。
「お前、姿消した方がいいぞ」
真剣な声音で言われた言葉に、首を傾げてしまう。いったいどういうことだろう。
「え?」
「逃げたほうがいい。お前の力が王家にバレれば、お前はもう自由に生きられない」
クルール様は突然何を言い出したのか。
困惑する私の前で、酷く真剣な表情をして、クルール様は告げた。
「パシェンや騎士を治して、魔物を消し去ったのは、お前の力だ。リーベ嬢」
「?!」
驚愕で言葉を失った私は、乾いた笑みを浮かべてクルール様の言葉を否定した。
「やめてください、私は能無しの欠陥品です」
「事実だ。受け入れろ」
クルール様は淡々と私を諭すように淡々と告げる。
「お前は女神の力を持ってる。きっと、そのせいでいままで他の魔力が使えなかったんだ。女神の力に適応するために。……逃げるべきだ。自由に生きていきたいのなら」
それは、あまりにも、あんまりにも。
唐突な宣告で。私はただ、言葉を失って驚愕に目を見開いた。
女神の力を、私が持っている?
それは、受け入れることが難しい、現実離れした事実だった。




