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虐げられた男装令嬢、聖女だとわかって一発逆転!~身分を捨てて氷の騎士団長に溺愛される~  作者: 久遠れん
第一章

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第二十八話・女神の起こした奇跡(パシェン視点)

「フィーネ!!」


 倒れこんできたフィーネを咄嗟に支える。

 不自由なく動いた体への驚愕は置いておいて、いまはフィーネが心配だった。抱きかかえると顔色が酷く悪い。


「パシェン、フィーネは俺に任せろ! お前は全体の指揮を取れ! なんか知らんが魔物は全滅だ!」


 私からフィーネを奪うように抱き上げたクルールが珍しく荒い語気で私に告げる。

 その言葉に間の抜けた声がでた。


「は?」

「全滅だよ全滅! 一匹残らずいなくなってやがる!」

「どういうことだ……?」


 言われて周囲を見回すと、確かに魔物は一匹もいない。

 どころか、負傷したはずの騎士たちが不思議そうに体を動かしている。


 恐らく、私と同様に傷が治っているのだろう。いったいなにが起こったというのか。私の傷など、高価な回復薬のポーションですら治らないだろうものだったというのに。


 とはいえ、死んでいるものはさすがに生き返ってはいないようだった。


「女神の加護か……?」

「寝ぼけたこといってねーで指揮を取れ。全員混乱してる。お前じゃないとダメだ」

「ああ」


 女神の加護を寝ぼけたこと呼ばわりするクルールの言動はいまさら突っ込むまでもない。


 私としても心から女神を信じているわけではないので、気を取り直してエクセン王子に合流し、場の指揮権を譲ってもらった。


 混乱し「奇跡だ!」「女神さまが来てくれた!!」「加護だ!」と騒ぐ騎士たちをまとめ上げ、クルールが気を失っているフィーネをつれているのを確認し、私たちは大門を開いて城へと戻った。



 * * *



 クルールはなぜか頑なに「フィーネは俺に任せろ」と言い張った上で「お前は事後処理をやれ」と正論を押し付けてきたので、私はしぶしぶフィーネから離れて執務室で今回の顛末を纏める書類を作っている。


 とはいっても、今回は不可解なことが多い。


 本来単独行動を好む魔物が群れていたこと、突然騎士の傷が治ったこと、魔物たちが消滅したこと。

 正直、どんな報告書を書けば王が納得されるのかわからない。夢でも見たような気分だ。


 こんこんと、執務室の扉がノックされた。

 返事をすれば、エクセン王子の声が「入るよ」と告げる。


 私が返事をする前に遠慮なく開けられた扉。顔をみせたエクセン王子はいつもの笑みではなく、少し難しい顔をしている。私だって同じ気持ちだ。


 ゆっくりと私の執務机に向かってきたエクセン王子は、執務机越しに私を見据えた。


「パシェン、今回の件どう思う?」

「……笑わないか?」

「ああ」


 念を押したのは、女神を信仰するこの国においても、異例の発言をする自覚があったからだ。


「女神の加護ではないか、と。それ以外に理論立てて説明ができない」

「それはね、私も考えた。そこで集めた資料がこれだ」


 そういってエクセン王子は小脇に抱えていた数冊の本を執務机の上に置いた。

 私は一番上に置かれていた「女神に関する王族の伝承」と書かれた古い日記のようなものを手に取る。


 皮のカバーにずいぶんと黄ばんだ紙。古い記録なのだろうことは想像に難くない。

 ぱらぱらと日記を捲る私の前で、エクセン王子が口を開いた。


「王家には昔から伝承が残っている。王位を継ぐものだけが知る伝承だ」

「それは」

「君には話しても構わないだろう。と、いうより。今日の件で隠す意味がなくなってしまった」


 ぱらりぱらりと日記を捲る手を止めてエクセン王子を見上げる。

 ちょうど開いたページには今から十代ほど前の王位継承者の伝承が記されていた。


「『世界が乱れる時、女神はこの世に降臨する。女神の依り代に選ばれし少女は、世界を光へ導くであろう』みたいな感じだね」

「少女……? あの場にいたのは全員男だろう」


 食い違う話を私が指摘すると、エクセン王子は軽く肩を竦めた。


「まあ、それは置いておくとして。女神の依り代に選ばれた子がいるだろうことは確定だよ。父上はずいぶんと興奮しておられる」

「だが、女神が降臨するということは、その分世が乱れるという意味だ」

「そうだね。だから私は手放しに喜ぶ気はない」


 そう告げて、エクセン王子は難しい顔を柔らかく崩した。これはなにか企みがあるときの表情だ。


「考えてみて、パシェン。女神の依り代になる条件を」

「条件? 少女である以外にか?」

「少女であることより大切なことがあると私は考える」


 そういって、うっそりと、人の悪い笑みを浮かべる。


 そこそこの付き合いのある私ですら、少し引いてしまうような、深淵を覗く笑み。


 本人は気づかないふりをしているが、魔力適正と魔力量以外の部分で、国を継ぐに足ると判断されている部分が顔を覗かせた。


「器であることだ。女神を受け入れる器は、なにに染まっていてもいけない」

「それ、は」


 魔力適正と、魔力がゼロと、いうことか。


 掠れた声で零した私の言葉に、エクセン王子はただ黙って微笑んだ。

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