第二十七話・自覚した二人への感情(パシェン視点)
私たちがエクセン王子と共に王都に戻る途中で、城で飼っている鷹が急ぎの文章を持ってきた。
クルールが鷹の足首に結わえられていた文章を受け取り、私に渡す。
その文章を読んで、私は絶句した。
そこには王都の周辺に魔物が異様に集まっていること、その掃討に騎士団総出であたること、さらにそこには新米の騎士が含まれることなどが綴られていたからだ。
第一騎士団の古参メンバーであるルツアーリは信頼でいる人間だ。こんなどうしようもない嘘をよこすはずがない。
眩暈がした。慣例ならば騎士団の新米は入団して半年で魔物討伐の補佐につく。
だが、私はフィーネを戦場にだすつもりはなかった。
フィーネはよく働くのだが、人一倍小柄だったし、魔力適正も魔力保持量もゼロだ。
言い方は悪いが戦力にならないと判断して、適当なタイミングで騎士団ではなく別の勤め先を勧めるつもりでいたのだ。
騎士団でとても一生懸命頑張っているフィーネに「騎士団以外の方が向いている」と伝えるのは憚られて口にしていなかったが、この時はそれを死にそうなほどに後悔した。
フィーネ以外にも新米はいるが、彼らは多少の訓練は受けていて、訓練とはいえ剣を手にしたことがある。
だが、フィーネは雑用ばかりで騎士の訓練などなにも受けていないのだ。
武具も防具も手入れ以外で持ったことだってないだろう。
そんなフィーネを戦力だと判断して連れ出した第二騎士団長イディオを殺してやりたい。
殺気はあふれるばかりだったが、今はとにかく駆け付けることを優先するべきだと判断し、エクセン王子とクルールに事情を伝えて、馬で駆け抜けた。
本来半日かかる距離を無理を通して三時間で駆け抜けたところ、戦場は地獄だった。
いつもより魔物の数が多い。それどころか徒党を組んでいる。異例なことだ。
それらの違和感より先に、私は戦場でフィーネの姿を探した。贔屓だと自覚はあったが、止められなかった。
どうにか見つめたフィーネは、明らかに混乱してむやみやたらと剣を振り回している。あれではそのうちフィーネ自身が怪我をしてしまう。
騎士団の指揮をエクセン王子とクルールに任せ、私は新米の騎士たちを助けるという大義名分のもとフィーネの傍に寄った。
少しの安堵があった。私が傍に居ればフィーネは大丈夫だという慢心もあった。
油断が隙を生んで、普段しない異常な行動をとる魔物たちの存在が、一瞬頭から抜けた。
だから、これは仕方のないことだ。
斬りつけられた背中からの大量の出血で、命の灯が翳るのを感じながら、私はフィーネに微笑んだ。
涙をぼろぼろと零すフィーネの面差しは、やはりリーベによく似ている。
(ああ、私は)
ずっと、自分に嘘をついていた。
リーベのことは、義妹として愛していると、自分を騙し続けた。
死に際になって、自分の想いを知るなんて、なんと愚かなのだろう。
私はリーベを愛している。義妹ではなく、一人の女性として。
女性と呼ぶにはまだ早い、少女のあの子を愛してしまった。
義理とは言え、兄妹なのに。
それでも、私は。
(リーベ、すまない)
あの冷たい公爵家に、一人取り残してしまうことを詫びる。
意識が朦朧としてきた。フィーネが掴んでくれているはずの右手の指先の感覚もなくなりつつある。
私の命がここで終わっても。ああ、どうか。
リーベもフィーネも幸せになれるようにと女神に祈る。
(女神デーア、この命と引き換えで構わない。だからどうか)
リーベが心から笑える世界になりますように。
フィーネがもっといい仕事先で金銭に困らないように。
ああ、そういえば。
(フィーネのことも、気になっていたな。私は)
フィーネは少年で同性だというのに。
リーベと顔立ちが似ているからと気にしているうちに、本当に気になるようになってしまっていたのだろう。
フィーネはよく表情が変わる。
からころと表情を変えて、満面の笑顔で笑うフィーネの天真爛漫な笑みに目が離せなくなっていった。
この感情の名前を、私は知らないけれど。
(リーベ、フィーネ)
リーベに想いは伝えられなかったけれど。フィーネに対する感情の意味すら私はわからないけれど。
どうか、どうか。
幸せに、なりますように。
リーベの未来に、フィーネの将来に、幸多からんことを。
薄れる意識の中で、確かにそう祈った、そのとき。
『お義兄様』
大切な少女の声が、聞こえた気がした。
死に際に聞く幻聴にしては贅沢だと、口元に笑みが浮かぶ。
そういえば、リーベとフィーネは声音もよく似ている。
『お義兄様、どうか。死なないで――!!』
切なる祈り、切実な願い。
ああ、そんな風に、リーベが私を想ってくれていたら、どれほどによかっただろう。
冷酷な現実を前に、冷たい公爵家の中で、偽りの笑顔だけで自身を守っている、私の愛し子。
昔読んだ本に書いてあった。あの時はそんなものは存在しないと鼻で笑ったが、もし、来世というものがあるのなら。
今度こそ――君に愛を伝えよう。
心の中でそう決めて、重い瞼を閉じた瞬間。
ふわり、穏やかな空気が、体を包んだ。血が抜けすぎて重かった体が一気に軽くなる。
驚き、目を見開いた私が見たのは。
「――、ふぃー、ね?」
敬虔な信徒より、よほど真剣に祈りを捧げるフィーネの姿だ。
掠れた声で名を呼ぶと、フィーネはふわりと、少年ではなく女神のように微笑んで。
私の上に、倒れこんだ。




