第二十五話・庇われた結果
「新米を守れ!!」
「陣形を乱すな!」
「魔物が群れを作ってる?! どうしてだ!!」
「ワイバーンが突っ込んでくるぞ!」
悲鳴と怒号が飛び交う中、震えて動けない私を先輩が突き飛ばした。
私の目の前で降下してきたワイバーンに食べられた仲間を見て、足が震えて動かない。立ち上がることすらできない。
「新人! 立て! 戦わなくていい! 逃げろ!!」
第一騎士団の人ではない人から叫ぶように伝えられる。
私はその声でようやく自分を取り戻して、震える足を叱咤して立ち上がった。
周囲を見回す。
混戦、乱戦、そんな言葉がぴったりだ。陣形も隊列も何もない。
全ては空から突っ込んできたワイバーンの群れに隊列を乱されたからだ。今では、第一騎士団から第五騎士団まで全てが入り混じって戦っている。
ワイバーン以外にも、魔物はたくさんいる。グリフォンやケルベロス、トロールにゴーレム。
定期的に掃討しているはずの魔物がこれだけの量がいるのは可笑しいと、実戦経験のない私だってわかる。
(逃げろと言われてもどこに?!)
街に繋がる大門は閉じている。逃げ場なんてこの戦場のどこにもない。
混乱した戦場で、私はただ無力だ。無力なだけならばまだしも、足手まといでしかない。
お義兄様の言う通りだ。そして、お父様とお母様の言う通り。
(私は足手まといの能無しだ……!)
だが、そんな後悔はするだけ遅い。日本語では後から悔いるから後悔というのだ、というどうでもいい知識が頭をよぎる。完全な現実逃避だ。
頭を抱えて蹲って小さくなって、この場が収まるのを待ちたい。でも、そんなことをすれば、死ぬ方が絶対に早い。
「う、うわあああああ!!」
私は無茶苦茶に剣を振り回す。恐怖で完全に混乱していた。
周りが見えなくなって、ただ、我武者羅に動いた。
どれほどそうしていたのか。一瞬だったかもしれないし、永遠だったかもしれない。
無限の時間を感じる狂った体感時計に終止符を打ったのは、だれより安心できる人の声だった。
「全ての騎士に告げる! 私の指揮下に入れ!!」
力強い言葉と共に混乱する戦場で一気に注目を集めたのは、剣を空高く掲げた、白馬に乗ったお義兄様だった。
「おにい……さま……」
誰にも聞こえないくらいの小さな声音で呟いて、私の手も止まる。
一瞬静まり返った戦場で、お義兄様が魔物を切り捨てながら馬で走ってくる。
「第一から第三騎士団、エクセン王太子の指揮下に入れ! 第四と第五騎士団はクルールの指揮下だ!」
これ以上ないほど声を張り上げて、戦場を誘導するお義兄様。きっと声の拡散に風魔法を使っている。
戦場に響き渡るお義兄様の声に、今まで感じたことがないほどの安心感を覚える。これで大丈夫だと信頼できる。
「新米の騎士は私が守る! 私の傍に集まれ!」
ああ、これで大丈夫。これで助かった。
安心したら泣きそうになってしまって。
涙が滲んでくる。涙で視界がふさがれるなんて、この場ではリスクでしかないのに。
第一騎士団から第五騎士団までの指揮権をエクセン王子とクルール様に渡したお義兄様が、私たち新米騎士が集まっている場所に馬で駆けつける。
「お前たち、よく耐えた」
頭上から降ってくるお義兄様の少しだけ優しい激励の言葉に、私は思わず、泣きそうな顔で笑った。
お義兄様がちらりと私を見て、少しだけ目を見張って。すぐに馬を反転させて、魔物の軍勢へと向き直る。
「魔物がなぜこんなに集まっているのか知らないが、我らが底力、みせてくれよう!」
再び剣を天高く掲げで、お義兄様が声を張り上げる。
「陣形を立て直し、反撃だ!!」
お義兄様の拡散する声に、一斉に騎士たちから気合の入った声が上がった。
ああ、これで勝った。そう、思った、のに。
「フィーネっ!」
お義兄様が、突然私の名前を呼んで、馬から飛び降りて私に覆いかぶさった。
「おにい、さま……?」
お義兄様の背後には、トロールが剣を持ってにやにやと嫌な笑みを浮かべている。
騎士の誰かが投げ捨てた剣、知能があるはずのない魔物が拾って。
それで。
私を庇ったお義兄様を、切り捨てた。




