第二十三話・危機的状況
お義兄様がクルール様とエクセン王子と共に隣国へと旅立たれて、十日ほどが経った。
最近、城の中は物々しい。
なんでも、月に一度の魔物討伐を前に、ずいぶんと魔物が増えて街の外を徘徊していると物見塔の見張りの騎士から連絡がきているというのだ。
(でも、どんなに魔物が増えても、私にはなにもできないし、そもそも剣すら握ったことがないから、大丈夫よね……?)
お義兄様だって、私――フィーネに対して「まかり間違ってもついていくなんていうな」と釘をさしていたし、大丈夫なはずだ。
城の雰囲気は物々しいし、メイドさんたちだって怯えている。緊迫した空気が漂うお城は、冷徹な空気の公爵家とは別の意味で居心地が悪い。
物音ひとつに敏感になっている騎士団の仲間たちを刺激しないように、できるだけ物音を殺して雑用をこなす。
その雑用も、馬の手入れとか武具の手入れが多くなってきた。
緊張感を孕んだ空気の中すごすこと、四日目、とうとう、恐れていた事態は起きた。
* * *
「魔物が街の門を攻撃している! 騎士は全員出動だ!」
そう叫びながら騎士団の詰所に現れたのは第二騎士団の騎士団長イディオ・アングリフ様だった。
お義兄様やクルール様とは違う、がっしりした体つき。明るい茶色の髪を後ろに撫でうつけたこげ茶色の瞳をしたおじさんである。
格下相手に威張り散らす人として有名で、評判はよくない。
騎士団は第一から第七までの騎士団で構成されていて、数字が小さいほど権力が強い。
第一騎士団から第五騎士団までが王都の守護、第六騎士団と第七騎士団は国境を固めているため、王都にはいない。
つまり、お義兄様は第一騎士団の騎士団長にして、第一から第七騎士団の全てを纏める役割も兼任している。
そんなお義兄様がいない中での独断専行と呼べる行為に、眉をひそめたのは第一騎士団に所属する騎士、全員だっただろう。
「団長たちの帰りを待つべきです! そろそろ帰還される頃合いだ!」
「街の外まで魔物が迫っているんだぞ?! 帰路が閉ざされているかもしれない! 王太子に危険がせまったらどうする!!」
「連携を取るべきです! 団長からの連絡を待った方がいい!」
「そんな悠長なことは言っていられない!!」
第二騎士団の団長と第一騎士団でも年かさの騎士が言い争っている。私はおろおろと二人の様子を見比べながら体を縮こまらせるしかない。
結局、第一騎士団所属とはいえ、役職を持っていない平の騎士が第二騎士団イディオ様の言葉に逆らうことは難しく、第一騎士団は新米も含めて丸ごと魔物討伐に行くことになってしまった。
そこで慌てたのが私や入団して間もない新米騎士である。
「あ! あの! パシェン団長から入団して半年たってない者は待機せよとの命令を受けているのですが……!」
勇気を振り絞って私が第二騎士団団長に進言すると、第二騎士団イディオ団長はちらりと私を一瞥して鼻で笑った。
「パシェンのお気に入りかなんだか知らんが、騎士たるもの戦う覚悟もなしに務まると思うな」
(そういう話を! してるんじゃ! ない!!)
戦う覚悟があるかといわれれば、お給料目当ての私はちょっと即答しかねるが、私以外の新米団員は覚悟だってできているだろう。
話はそういう問題ではなく、単純に私たち新米騎士が基礎訓練すらまだなことだ。
いや、正確には私以外の新米騎士は基礎訓練くらい受けているが、それでも剣を持った実践が務まるかといえば、答えは火を見るより明らかだ。
だが、下っ端の下っ端という立場上これ以上の反論が許される空気ではない。ぐっと唇を噛みしめた私の前から、イディオ団長がいなくなる。
イディオ団長がいなくなったのを確認して、騎士団の古株のルツアーリさんが私の肩を叩いた。
「お前たち新米は必ず俺たちが守る。中央で物資の補給を任せたい」
「……わかりました。微力ながらお手伝いさせていただきます」
「安心しろ! 未来の優秀な騎士は俺たちが守る!!」
「はい!」
力強い励ましの言葉に、私の気持ちも少しだけ浮上した。
不安そうにしていた他の新米の騎士たちも同様だ。
「よし! お前ら! 出撃の準備だ!!」
お義兄様とクルール様がいない現在、古株として第一騎士団を纏めるポジションについたルツアーリさんを見上げて、私は気合も新たに拳を握り締めた。
(きっと大丈夫。お義兄様に「僕、がんばりましたよ!」っていうんだ!)
この時の判断を、私は生涯後悔することになるとも知らず、そんな見当はずれな決意をしていた。




