第二話・義理の兄妹(パシェン視点)
フィーネが仕事に戻ったのを見届けて、騎士団長室に戻り軽く息を吐いていると後ろからとんとんと肩を叩かれた。
「苦労してるねぇ、騎士団長様」
にやにやと笑っている男は俺の右腕である騎士団の副団長クルール・オンブレだ。
「フィーネ、モテモテらしいじゃん。妬けるねぇ」
欠片もそんなことを思っていなさそうな軽い口調でクルールが軽口を叩く。
クルールは燃えるような赤毛にルビーのような瞳を持つ男だ。
外見の良さと騎士団の副団長という地位、そして冷淡な俺と違う人当たりの良さで、とにかく女にモテる。
連れて歩いている女が見る度に違うだらしのない色男だが、俺としては仕事をキチンとこなしくれるならばそれでいい。
それにクルールの本質が女たらしではないことは、俺がよく理解している。
「フィーネ、お前のところの義妹ちゃんに似てるんだっけ?」
「……そうだ」
苦虫を噛みつぶした顔になっていただろうが、否定はしない。
騎士団の同期でもあるクルールには隠し事が通用しないからだ。
一拍の間をおいて肯定した俺の言葉に、クルールは俺の肩に肘を置いて体重をかけてくる。
重いな、とは思うが振り払うほどではない。
「義妹ちゃん、最近どーよ?」
「……笑ってはくれないな」
「難しいわなぁ。魔力適正及び魔力量ゼロで家では腫れもの扱い。笑えってほうが酷だろうな」
この国では十歳になると国民全員が魔力適性検査と魔力量検査を受ける。
俺は異例の四属性全てへの適性を示した、義妹であるリーベは四属性である火・水・風・土のどれにも適性を示さなかった。
その上で、俺には大量の魔力があり、リーベには一切の魔力がなかったのだ。
結果、俺にとって義理の両親である公爵と公爵夫人は口汚い言葉でリーベを罵った。
「無能」「木偶の坊」「欠陥品」「出来損ない」罵倒の言葉は止まらず、リーベは心を閉ざしてしまった。
俺が家に帰ると「お帰りなさい、お義兄様」と出迎えてはくれるのだが、その笑みは張り付けた偽りのものだ。
幼少期、金で買われて公爵家に引き取られた孤独な俺を癒してくれたリーベの天真爛漫な笑みではない。
「早く計画進めねぇとな」
「ああ」
先ほどまでのふざけた口調から一転して、クルールが真面目な口調で言葉を漏らした。
計画、というのは「魔力属性と魔力量で人生を左右されない国を作る」という大それたものだ。
だが、成し遂げなければならない。
リーベの幸せは、今のこの国では得られないから。
賛同者は集まりつつある。クルールを始めとして、中でも最も影響力を持つのはこの国の王太子であるエクセン・ヴァスリャス王子が俺の側についてくれていることだ。
俺たちは魔力適正があるかどうかで人生を変えられた。
だから、この国の仕組みを変えてみせる、と決意して集まった同士なのだ。
「ま! それはそれとして! だ! 今日は早めに帰ってやれよ。お前が家にいたほうがリーベ嬢も安心するだろ」
「それはどうだろうな」
口元を歪める。
卑屈な、自身を卑下した笑みを無意識に浮かべていた。
リーベは俺が公爵家に金で買われた頃にはずいぶんと懐いてくれていた。
無邪気に「おにいさま!」と俺を慕ってくれるリーベの存在に、当時の俺の心はかなり救われていた。
だが、今のリーベは俺に対しても愛想笑いを使う。
昔のように裏のない笑顔で笑いかけてはくれない。
心に影が差す。
そんなとき、思い出すのは妹とよく似た顔立ちをしているフィーネの元気いっぱいの笑顔だ。
誰にでも愛想よく笑顔を振りまくフィーネの顔立ちはリーベとよく似ている。
きらきらと輝く宝石によく似たアメジストの瞳など、幼い日のリーべを思い出して仕方ない。
だが、フィーネは男だ。
くすんだ茶色の髪はリーベの太陽の光を集めたような輝く金の髪とは大違いだし、別人だと理解している。
それでも。それ、でも。
心がざわつくのだ。フィーネの笑顔を見ていると、通り過ぎたはずの過去が顔を出す。
辛かったけれど、愛おしい、昔の記憶。
だからだろう、フィーネが放っておけないし、フィーネが色んな人間に好かれているのをみるのは、少し面白くない。
「おいおい、すげー顔してるぞ。何考えてんだ」
「……すまない。なんでもない」
「なんでもないって顔じゃねぇけどな」
ふるりと頭を左右に振る。再び浅く息を吐き出して思考を切り返る。
この国では、兄妹の結婚は認められていない。
俺とリーベは義兄妹だが、認められるはずもない。
俺はただ、リーベが幸せになるための道を作ることしかできない。
そう、俺は。
義妹であるリーベに想いを寄せている。
四属性の適性を持っていたから、高い魔力を保持していたから、と下級貴族の母から引き離されて金で公爵家に買われた後、日々可笑しな量の勉強に耐えていて心が壊れかけた俺を支えてくれたリーベを愛している。
この感情は墓場まで持っていくしかない。
理解していても、リーベを愛おしいと思う。笑ってほしいと願う。俺に、笑いかけてほしいと祈っている。
だからだ。気の迷いを起こしてしまっている。
リーベに面差しがよく似たフィーネが気になって仕方ない。
リーベに許されない思いを抱いているからこそ、代わりを求めている。
「……重症だな」
「いまさらだろ」
吐息を零すように吐き出した言葉に、クルールが笑う。
この男には俺の内心などお見通しなのだろう。
面白くはないが、理解者がいることは有難くもあった。
「さっさと仕事を片付けるぞ」
「ああ。愛しのリーベ嬢のためにな?」
「殴る」
「もう殴った! いってぇ!」
口と同時に手が出た。
俺以外の人間が「愛しのリーベ」などと口にするのは許せなかったから。
ふんと鼻を鳴らして、歩き出す。
その一歩後ろをついてくる悪友より、公爵家にいるリーベの存在に想いを馳せながら。




