第十一話・誤解と葛藤
いつもならアミの家の馬車で送ってもらうのだけど、お義兄様が馬車で来ていたので、乗せてもらうことになった。
馬車の中では沈黙が落ちる。少し居心地が悪い。
(いつもは迎えに来たりしないのに、どうしたのかしら)
そっとお義兄様を伺うと、お義兄様は馬車の外の景色をみているようだった。
同じように視線を移動させて、流れる街の光景を眺める。
「義母上、が」
ぽつり、お義兄様が言いにくそうに口を開く。私は再びお義兄様に視線を戻した。
お義兄様はやっぱり外の景色に視線を固定している。
「男遊びをしているのではないか、と。私はそうは思わなかったが、その、心配になって」
(信用が! ない!!)
だってお義兄様、そうは思わなかった、とはいっても、迎えに来る程度には私のことを疑ったということでしょう?
ジト目になりそうなのを堪えて、ふんわりと笑う。
笑みを形作った口元で、嘘の言葉を吐き出した。
「男遊びなんてしていません。……ただ、少し。家は居心地が悪くて。現実逃避のようにアミの家に遊びにいっていることは認めます」
お義兄様が視線を動かす。正面から見つめられて、空色の瞳と視線が絡む。そこに宿る感情が私にはわからない。人の顔色を読むことは得意なはずなのになぁ。
視線が絡んだのも、一瞬だった。すぐにまたお義兄様は私から視線を外して、外の景色へと視線を向ける。
「そう、だな。……あの屋敷は、お前には居心地が悪いだろうな」
「はい」
お義兄様の言葉は否定しても仕方がないので認めてしまう。
沈黙が再び降りた。私はどうしようか迷って、ああ、と一つのことが脳裏をよぎる。
「先日はありがとうございました」
「先日?」
「はい。お義兄様と花火を一緒に見たのは何年ぶりでしょう」
お義兄様が驚いたように私を再び見る。私は穏やかに微笑み続けた。
私が口にしたのは、数日前にお義兄様に誘われて城の歩廊から花火を見たこと。
お義兄様に祭りの花火を一緒に見ないか、と誘われた時は驚いた。
本当はフィーネとして騎士団の雑用があったけれど、どうにかこうにか断って時間を作った。
なぜか花火を見ている途中で、小さな突風に襲われてお義兄様にしがみつくハプニングはあったけれど、楽しかったのは本当だ。
幼い頃、公爵家の三階からお義兄様と花火を見たことがある。
幼い記憶が刺激されて、少しだけ泣きそうになったのは秘密にしておく。
「……楽しかったのか」
「はい」
「そうか」
お義兄様は満足げに小さく笑った。
リーベとしてお義兄様の笑みを見るのは久々だな。フィーネとしてなら何度か見たことがあるんだけど。
「……来年も」
「?」
「来年も、一緒に行こう。お前さえよければ」
来年。果たして私は公爵家にいるだろうか。きっと、いないだろう。
できない約束はしたくない。だから、私は無言で微笑み続ける。
お義兄様が少しだけ悲しそうな表情をして、ふいっと視線を逸らす。
ごめんなさい、お義兄様。でも、来年には。
(お義兄様にだって、素敵な方がいるはずだもの)
お義兄様は知っているかわからないけれど、お義兄様の婚約者候補の選定は順調に進んでいると聞く。
酒に酔った父が漏らしたのだから、嘘ではないはずだ。
来年の今頃、きっと私は公爵家を出奔していて、お義兄様は素敵な方をお嫁さんに貰ってる。
お義兄様との縁が切れてしまうのは寂しいけれど。それはもう仕方がない。
だって。
(お義兄様の婚約者候補の選定が進んでいるということは、私にだって時間がない)
私はこの世界での結婚適齢期になっているのだ。
来年には十六歳で成人するし、いつ断れない縁談を組まれても可笑しくない。
だから、急がないと。早くお金を貯めて、公爵家を出ていかなければ。
ああ、でも。
(やっぱり、お義兄様になにも言わずに行くのは……)
アミだって「お義兄様くらいには話したら?」といっていた。
それはその通りかもしれないけれど。公爵家ではお義兄様は比較的まともに私を扱ってくれるけれど。
それは両親に比べたら全然マシだというだけで、義兄妹の絆なんてとっくに冷え切っている。
ため息を吐きだしたいのを堪えて、私は膝の上で握りしめた拳を見る。
やっぱり、お義兄様にだってなにも言わずに出ていくのが正解だろうな、とぼんやりとした頭で考えていた。
「痛っ」
そのせいで、私は指を切ってしまった……。




