閑話・ご褒美の花火大会(クルール視点)
俺はヴァスリャス王国、騎士団長パシェン率いる第一騎士団の副団長、クルール・オンブレ。
十五歳で騎士団の門戸を叩いて、今年で六年。二十一歳になった。
一時期は婚約者が別の男と結婚してしまって荒れに荒れていたが、最近はようやく気持ちも落ち着いて、この国を中から変えてやるんだとらしくない正義感に燃えている。
そんな風に俺を変えたのが、俺の一歳年下で第一騎士団の騎士団長、パシェン・エラスティスだ。
今では親友と呼べる位置に落ち着いたパシェンの境遇は俺と同じかあるいはそれ以上に不遇だった。
愛する母と引き離されて、引き取られて先は地獄のような公爵家。
そこでの唯一の救いだった義妹ちゃんに、いまでは距離を取られているという。
俺はパシェンの義妹ちゃんと直接の面識はないが、話を聞いてる感じ、義妹ちゃんには嫌われているというより、パシェンが距離感を間違えているというか勘違いして壁を作ってるんじゃねーかな、という推測はしている。
パシェンは義妹ちゃんの幸せのために、魔力適正と魔力保持量で人生を左右される国を変えるんだと熱意をもって入団した騎士団で、少しずつ、けれど手堅く信頼できる同志を集めている。
俺もその一人ってわけだ。
正直俺にはそこまでパシェンがそこまで義妹ちゃんに肩入れする理由が最初の頃はわからなかった。
だけど、すぐに気づいた。
義妹ちゃんの話をしているときのパシェンは明らかに雰囲気が違う。
普段は冷徹な気配を隠しもしない氷の騎士団長と呼ばれる男が、恋する女の子のように、義妹ちゃんの話をするときは優しい口調で熱を上げている。
はっきり言ってかなり面白かった。協力してやってもいいな、と思う程度には見ていて楽しい。
最近パシェンの奴は騎士団の新入りのフィーネにも気になっているようだが、まぁそれはまた今度にしておいて、まず俺は普段から頑張っている騎士団長様にご褒美の差し入れをすることにした。
* * *
「祭りの日? 警備に決まっているだろう」
「そー固いこと言うなよ。街の警備は第二騎士団のやつらの仕事だろ?」
騎士団長に割り振られる執務室で、お堅い表情で事務作業をしていたパシェンの前でひらひらと手を振る。
今度、城下町で祭りがある。
毎年この時期に開催される祭りは、最後には盛大な花火が上がるのだが、好きな人と一緒に見ることができれば、結ばれるというどこ発祥なのかわからない噂があった。
「私たちには王宮の警備がある。祭りに便乗して不穏な輩が現れないとも限らない」
書類から視線を上げもせずパシェンは淡々と告げる。
全くいつものことながら頭が固い。
「だーかーら、少しくらい抜けてもいいだろって話」
「ダメだ」
「頭固いなぁ、これだから騎士団長は。少しは融通が利く方が女の子にはモテるんだぜ?」
「必要ない」
肩をすくめてみせても、パシェンはこちらに視線一つよこさない。
俺は奥の手を使うことにした。
「リーベ嬢だって女の子だろうがよ」
「っ」
パシェンが愛する義妹ちゃんの名前を出すと、目に見えてパシェンは動揺した。
先ほどまで淀みなく動いていた手元が止まる。
これで「リーベのことは家族として大切にしている」とかいうんだから鼻で笑っちまう。
「リーべ、は……」
難しい顔で黙り込んだパシェンに、俺はここぞとばかりに畳みかけた。
「公爵家に閉じ込もって鬱々としてるんだろ? たまの祭りの日くらい出かけさせてやって息抜きさせてやったらどうだ?」
「それは、そうなんだが」
うろ、パシェンの視線が泳ぐ。俺はにまりと悪い笑みを浮かべた。
「お前が誘いにくいなら俺が誘ってもいいんだぜ」
「は?」
俺の挑発にドスの効いた声が返ってくる。
ほらな、そういうわかりやすい反応をしておいて、異性じゃなくて妹として見てるのは無理があるんだっつーの。
「俺に先を越されるのが嫌なら自分でちゃんと誘えよ。じゃーな」
「おい」
「仕事に戻るぜ。忙しーんだ、副団長ってのは」
ひらひらと手を振って執務室を後にする。
これだけつつけば流石に大丈夫だろう。これで動かなかったら男じゃねぇし。
* * *
結局、パシェンは勇気をだして義妹ちゃんを花火に誘ったらしい。
俺は優しいので、義妹ちゃんをギクシャクしながらエスコートしているパシェンの分の退屈な見張りの交代を申し出た。
城の門の上の歩廊に上がる二人を見送って、俺はこっそりと笑った。
やればできるじゃねぇか。あとは、もう少し背中を押してやるか。
「悪ぃ、ちょっと頼んでいいか?」
「団長の件ですよね? 行ってきてください!」
一緒に見張りをしていた騎士に声をかける。
パシェンが義妹ちゃんに入れあげているのは、騎士団の古参はほぼ全員が知っている情報な上、人望のあるパシェンはかなり応援されているので、こういうとき助かる。
そっと足音を殺して二人のあとをついて歩廊に上がった俺は、パシェンに気取られないように注意しつつ二人の様子を物陰から盗み見る。
(だ~! やっぱり距離が空きすぎてるじゃねぇか! もっとそばに寄れよな!)
人二人分ほど離れて立っている二人は、寄り添っているとは到底言えない。
それにしたって、さっきちらりとみたが、リーベ嬢は美人だな。
太陽の日差しを集めたような金の髪は腰まで綺麗に伸ばされていて、フィーネと同じ宝石のようなアメジストの瞳を持っている。
白皙の肌に小さな唇と大きな目が乗っていて、人形のように可愛らしい。
俺の目から見ても、かなり美しい部類に入るお嬢様だ。
ただ、着ているドレスの型がちょっと古いのだけが気にかかるが。
流行遅れのドレスを公爵令嬢が身にまとっているあたり、本人の趣味でなければ公爵家で冷遇されてるっつーのは本当なんだな。
(たしかにフィーネとかなり顔立ちが似てるな。そりゃパシェンがフィーネを気にかけるわけだ)
納得した気持ちで、俺はそっと手を出した。俺に宿っている魔力属性は火と風。それをうまく組み合わせれば。
「きゃっ!」
「リーベ!」
花火の音に紛れるようにリーベ嬢の近くで本当に小さな爆発を作る。間違ってもリーベ嬢が火傷をしないように調整することを忘れない。
万一リーベ嬢が火傷なんてしようものなら、俺は過言ではなくパシェンに殺される。
驚いてよろけたリーベ嬢を咄嗟にパシェンが支える。
周囲を鋭く見回したパシェンと視線があったので、パチンとウィンクをすると、一瞬目を見開いたパシェンが俺の意図を察したのか、呆れた表情をした。
(あとは上手く頑張れよ)
いつも頑張ってる騎士団長に、これくらいのご褒美はあってもいいはずだ。
好きな相手の体温はなにより安心できるのだから。
足音を殺してその場を去る間際、ちらりと振り返ると、パシェンはしっかりとリーベ嬢の腰に手を回して、二人は寄り添いあいながら何かを話していた。
やればできるじゃねぇの、パシェン。
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『虐げられた男装令嬢、聖女だとわかって一発逆転!~身分を捨てて氷の騎士団長に溺愛される~』のほうは楽しんでいただけたでしょうか?
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