第一話・男装令嬢の騎士としての日常
「フィーネくん! こっちも手伝ってー!」
「はーい!」
お城のメイド主任に名前を呼ばれて、意識して笑顔を作りながら、愛想よく、元気よく返事を返す。
現在、騎士団の下っ端である私は、雑用である厨房への荷運びに駆り出されていた。
悲しいかな、下っ端の中の下っ端である私には、一切の拒否権がない。
毎日、毎日、あくせくと城のあちこちを走り回って騎士として雑用をこなす日々である。
「おい! フィーネ、今日もよく働くなぁ!」
「あはは……これがお仕事ですから!」
中にジャガイモが入ったそこそこの重さがある大きな木箱を抱えて厨房に入ると、料理長に声をかけられる。
元気よく返事をすると「いいことだ」と笑ってもらえた。
「あとで食え。他の奴らには内緒だぞ」
「わあ! ありがとうございます!」
運んできた荷物の木箱に入ったジャガイモと引き換えに渡されたのは、紙に包まれたパンだ。
中には料理の切れ端であろう肉厚のベーコンとチーズが挟まれている。食べるのが楽しみなご馳走だ。
今度こそ満面の笑顔で受け取って、ぺこりと頭を下げる。
次の雑用が待っているので、お礼を告げて駆け出した私を呼び止めたのは、城に勤める同じ年頃のメイドさんだった。
「フィーネくん! いま、時間ある?」
「えーっと」
頭の中で計算する。
頼まれている一番大きな仕事である食材運びは今終わったし、少しなら時間の余裕もあるだろう。
「うん! 大丈夫だよ!」
そう告げてにこりと笑うと、メイドさんは明らかにほっとした表情を浮かべて。
途端――
私の手を半ば強引に引っ張って、城の裏手にある洗濯物のはためく庭へと連れていかれた。
* * *
「あ、あのね! わたし! フィーネくんのことが好きなの!!」
メイドさんがこっち、というのでついてきたら城の裏手にある庭に連れ込まれた。
その時点で嫌な予感はしていたが、向き直ったメイドさんの頬が赤く染まっていたことが決め手になった。
何か言われる前に退散しようにも、いきなり手を掴まれて、間髪入れずに告白される。
困る。これは、大変困る……。非常に! に! 困る!!
気持ちは嬉しいのだが、応えられない。だって、私は。
(男装してるけど! 女だよおおおおお!!)
心の中で大きな声で叫ぶ。
目の前には頬を赤く染めた同性から見ても可愛いメイドさん。場所は人気のない裏庭。
今後騎士団で上手くやるためにも、どうやって断れば、角を立てずにすむのか。
男装して騎士団の下っ端として働きだしてから、たまにあることだった。
その度に適当に理由をつけて断っていたのだが、そろそろ断り文句がつきかけている。
「えっとね、あの」
「フィーネくんに好きな人がいるのは知ってる! でも、絶対に振り返らせてみせるから!」
(そういう問題ではなくてね?!)
心の中で盛大に頭を抱える発言だ。
好きな人がいる、は別の女の子の告白を断った際の断り文句だったのだが、それが通用しないとなると、どうするべきか。
内心遠い目になってしまう。この世界に生まれ落ちて、女として生きてきて十五年。
女の子の姿の時は一切の告白をされたことがないのに、男装した途端モテるとは何事なのか。
「フィーネ、なにをサボっている」
「団長!」
背後から低い声が響く。
驚いて振り返った私の視線の先で、相も変わらず愛想をどこかに落としてきた普段より三割増しですこぶる機嫌の悪い騎士団長――そして、私のお義兄様であるパシェン・エラスティスが大変不機嫌そうに睨んできていた。
私は見慣れているので怖くはないが、目の前のメイドさんは完全に委縮している。
私はへらりと愛想笑いを浮かべて、言い訳を口にした。
「すみません! 洗濯物がこっちに飛んだそうで! 一緒に探していたんです!」
状況的に中々無理があるとわかっていたが、見捨てるわけにいかないだろう。
公爵家跡取りで騎士団長のお義兄様の怒りを買えば、目の前の可愛いメイドさんはすぐに城の仕事をクビになる。
それではあまりにも目覚めが悪い。
「……そういうことにしてやろう。仕事に戻れ」
「はーい!」
ものすごく低い声で、全然納得していないのは丸出しだったけれど、見逃してくれるらしい。
鼻を鳴らしたお義兄様の態度はいただけないが、現在他人という設定で男装して騎士団で働いている私には指摘する権利がない。
「いまのうちに仕事に戻ったほうがいいよ」
「はいっ」
やんわりと固まったままのメイドさんに声をかける。
裏返った声で返事をしたメイドさんはそのまま駆け出していなくなった。
告白はうやむやになったけれど、それでいいのだろう。
「お前もだ、フィーネ」
「わかってますって!」
背を翻したお義兄様の後ろ姿を眺める。
すらりとした体躯は洋服越しでもわかるほどしなやかな筋肉がついている。騎士団団長の制服をそつなく着こなすイケメンである。
首の後ろで括られた長い銀髪に、今は見えないが普段から鋭さを宿す青い瞳。
陰で氷の騎士団長と呼ばれる、表情があまり変わらない鉄仮面のお義兄様。
本来の私の金髪にアメジストの瞳とは似ても似つかない外見のお義兄様とは、血が繋がっていない。
お義兄様は私が五歳の時に引き取られてきた養子なのだ。
一人娘の女しか生まれなくて、爵位を継げる息子がいなかった公爵家で家を継がせるために、十歳で受ける魔力検査で前代未聞の四属性の魔力適正と桁外れな魔力量を叩きだしたお義兄様は公爵家に引き取られた。
お義兄様は昔から気難しい人だった。
幼い私はお義兄様が引き取られた理由も知らず、無邪気に懐いていたけれど、成長するにつれ邪険に扱われるようになった。
まあ、それも仕方ない。
出来損ないの「前世の記憶」がある公爵令嬢なんて、遠ざけて当然だ。
お義兄様は私に前世の記憶があることは知らないけれど。
そう、私には前世の記憶がある。
平和な日本という国で三十二歳まで生きた記憶だ。
どこにでもいるOLだった私は、信号無視のトラックにはねられて多分死んだ。
記憶が戻ったのは十歳の魔力検査の直後だった。
何度検査をしても、魔力適正ゼロだった私を両親が酷くなじった。
幼い子供に浴びせるにはあまりに酷い罵倒の数々だった。
深く傷ついた幼い『わたし』――リーベは心を閉ざして、代わりに『私』の意識が表に浮上した。
前世で三十二歳まで生きた私はそこそこ図太かったので、まだまだ続く両親の罵詈雑言を聞きながら、むしろ反骨精神を燃やした。
こんなに可愛い美幼女を罵る親なんぞ、血が繋がっていてもこちらから願い下げである。
幸い、お義兄様は能力の高さ故に両親に割と大事にされていた。
欠陥品の私ではなく優秀なお義兄様が公爵家を継ぐことがすぐに正式に決定された瞬間、私は思った。
自立だ。自立しなければ、と。
お金を貯めて、公爵家を出奔するのだ。
行く当てはないが、生きていけるなら暮らすのは下町でいいし、公爵家の目が怖いなら隣国にでも逃げればいい。
とにかく! 私は両親の言いなりになって政略結婚の道具になることはごめんだった。
出来損ないだからなに? 私は一人の立派な人間ですが? 自立して幸せになってみせる!
と意気込んで、騎士団に入団できる十五歳の誕生日を待って、男装して騎士団の門を叩いた。
家では気弱で大人しい公爵令嬢を演じつつ、執事とメイドに友人の家にお茶会に行くと嘘をついて日中は騎士団の下っ端として働いているのである。
騎士団に所属して今日で約二週間。
肉体労働にもずいぶんと慣れてきた。
まだまだ剣は握らせてもらえないが、どんな雑用だろうがお給料が発生しているので、やる気もでる。
肉体労働で身体は疲れるけれど、公爵家で鬱屈と体育座りをしているより万倍マシだ。
(お兄様のことは心配だけど……)
でもまぁ、お義兄様、性格に難はあれど、顔はかなり整っていてカッコいいし、なにより公爵家跡取りで騎士団長のステータスがある。
言い寄ってくる女性は多いはずで、その中にはきっと将来お義兄様を献身的に支えてくれる素敵な女性もいることだろう。
(お兄様のことは心配だけど、その前に自分のこと!)
このままでは政略結婚の道具になる。それだけはまっぴらごめんなので、自立を目指して頑張って働こう。
「フィーネ! のろのろするな!」
「すみません、団長!」
振り返って一喝してきたお義兄様にぴっと背筋を伸ばす。
義妹であることがバレると色々とめんどくさいのが目に見えているので、お義兄様にすら正体は告げていない。
まさか公爵令嬢が男装して騎士団に入団したとは頭のいいお義兄様すら考えつかないようだった。
(この世界にないウィッグまで作った甲斐があったわね)
本来の背中まで伸ばした輝く金の髪とは程遠いくすんだ茶色の短髪の毛先を軽く弄って、小さく笑う。
「だんちょ~! おいてかないでくださいよーう!」
「お前が遅いだけだ」
「てきびしー!」
けらけらとあえて明るく笑ってお義兄様の背中を追いかける。
お義兄様、私、頑張って立派な騎士になってみせます!
* * *
フィーネが仕事に戻ったのを見届けて、騎士団長室に戻り軽く息を吐いていると後ろからとんとんと肩を叩かれた。
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『虐げられた男装令嬢、聖女だとわかって一発逆転!~身分を捨てて氷の騎士団長に溺愛される~』のほうは楽しんでいただけたでしょうか?
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