ドキドキ異世界歓待黙示録 その4
がぁん!
銃声がなった。火薬が爆発する音、限定された爆発音、その勢いは雷光にも勝る。
弾丸が放たれた。
銀色でもなんでもない、鉛色の普遍的な弾丸である。
弾は泥棒の爪先を、ちょうど親指の爪に当たる部分を丁寧に破壊していた。
「は?」
一瞬何が起きたか理解できなかった泥棒は、爆発的な痛覚が襲いかかる寸前の空白期間にユーエンのメインモニターをぼんやりと見上げていた。
「ひっ……」
ユーエンは怯えていた。
ショックのあまり本来ならば感情豊かに明滅するはずのメインモニターが、本来の味気ない機材としての光源しか動いていない。
モニターが映す先。
そこには拳銃に似た武器を握りしめる美しい少女がいた。
とても見覚えのある美少女で、なんなら畑泥棒が今しがた会話劇を繰り広げていた、その美少女だった。
牛の魔物の物語を有しているのだろう、頭部に生えている耳やツノにそれらの特徴がとても分かりやすく現れている。
ジャージー牛のそれのように黄金の気配が濃いめ頭髪は、丁寧さのなかに若干の無造作が見えかくれするボブヘアに切り揃えられている。
目は青色だ。
ああ、なんとも、すごく目が青い、青すぎるのだ。
夏の青空のごとき鮮烈さだ。
青色の目が、右目が爛々と輝いていた。
銃を握りしめ、己が殺すべき相手をじっと見つめている。
「一般人に手ぇ出してんじゃねえよ、このド素人が」
悍ましい威嚇の声だった。
間違いなく少女のそれなのに、どうしようもなく雄々しく響く地鳴りのごとき轟音のように聞こえてくる。
「領分越えた暴力だな。もう駄目だ、ああ、もう駄目だ、我慢ならない」
拳銃を握りしめたまま、モネは畑泥棒にまっすぐ近づいた。
そして。
「調子乗ってんじゃねぇよ! このダァホがッ!!」
武器を使うまでもなく、足で泥棒の頭部を蹴り飛ばしていた。
「がふ」
泥棒が勢いよく転がる。
モネはサッカーボールを追いかけるような速度で再び泥棒の体を足で捕らえる。
そして蹴る。
「何が選ばれし存在やねん、知るかそんなの」
モネは、誰かに選ばれている状況を否定する気は無かった。
「県大会に選ばれたからって近所の文房具でペンケース万引きしてもエエって道理なんか? ああ? そうなんか?」
「そ、それは違う」
「一緒やろうが」
モネは相手の信じることを尊重し続ける。
何かしら手を出そうとしたので、その手をモネは全力で蹴り、踏み潰す。
だんだん、だんだん、無視を踏み潰すように、丁寧に。
「あ、ぁ」泥棒が、選ばれし存在が苦しんでいる。
踏みつけながら、モネは嘆いている。
「自分が偉かろうが、他人の生活を邪魔したら、こうなるってことぐらい」
モネは選ばれし存在の顔を蹴る。
「優れた、賢い、頭で」
句点の合間に蹴りによる拷問を続ける。
「ちょっとは想像しやがれ」
蹴り飛ばし、即座に右腕で選ばれし存在の髪の毛を鷲掴みにする。
相手は怯えている。
ということは、さんざん暴力を旗労りには意識はしっかりしている。
単純にモネの攻撃力が弱いのか、それとも意図的に対象の意識を保護したのか。
正味のところ、モネにしてみればどうでもよかった。
そして相手も、ただひたすらに少女が怖くてそれどころでは無いようだった。
「あなたが自らの優位性のもとに行動するのであれば、自分は自分の主張をもってあなたを処分する」
通告。そして相手と同等の情報を開示する。
「仕事であることはもちろんさね。
だけど、それいじょうに、自分はあなたの行動がとても許せない」
行動というのは、泥棒も含まれている。
「何をしたか、誰がしたか、どこでしたか。まあ、事情は色々だけども」
許せないのは。
「行動したことだ。ただ生きようとする誰か、それらを害するならば、自分はそれを絶対に止める」
それが魔法使い、モニカ・モネにとっての願い。
「恩着せがましかろうが、余計なお世話だろうが、知ったこっちゃないねん」
モネは輝く瞳で、少しだけ笑っている。
「個人的に許せんだけやねん。畑泥棒とか、もれなく生活の邪魔の極みやし」
「な、なんだよ」
畑泥棒は、どうやら意外にも勇気に満ち溢れた心を有しているようだった。
「たかがレタスひとつ盗んだって、大した問題じゃないだろ?」
狂気を孕んだ目を持つ相手に、真っ向から立ち向かってしまった。
それはもう、殴りかかるような勢いだ。
次の瞬間、モネは相手の顔を地面に叩きつけていた。
相手からなにか潰れたような音が少しする。
音がする中心めがけてモネはスニーカーの靴底を叩きつける。
「レタス1個だろうが、消ゴム1個だろうが、ロレックス百人前だろうが、泥棒は泥棒やボケ」
モネはドガドガと相手を蹴って拷問する。
「モノ盗むってことが誰かの飯種潰しとるってことを、頼むからちょっとぐらい考えろや」
相手はそろそろ意識を手放しかけている。
だがモネは蹴り続けている。
「飯の価値もろくに想像出来んやつに、やれ世界救うだ桃源郷だ理想郷だ言われてもな、説得力無いんじゃボケが」
ちょっと疲れたので、モネは一呼吸休憩する。
「世界救うとか、そういうかっこエエことばっか考えてたら、世界の前に生活が潰れるっての」
実に視野の狭い意見であった。
とはいえ、モネに出来るのはそれが精一杯でもあった。
「ああ」
吐息ひとつ、拷問を継続しようとしたところで、モネの方にシズクの手がそっと置かれていた。
「モネさん」
シズクはモネの斜め後ろから忠告をしている。
「これ以上はいけない」
「あ?」
近くに触れる。
それだけでシズクはモネの熱量に圧倒されそうだった。
炎天下の日差し。と、シズクは心のなかでこっそり想像する。
モネの抱く攻撃の意思、殺意、敵を殺す力。
圧倒的な熱量であらゆる技量差を燃やし尽くす。
まさに夏の日射のごとき殺意だった。
臆してはならない、だが同時に無謀な対抗もしてはならない。
極限に等しいバランス感覚が求められた。
シズクはこっそり生唾を飲む。ぐきゅり、と謎に大きい音を立てて、喉の粘膜の上を唾液が生ぬるく滑り落ちる。
「……」
シズクより少しはなれたところで、ユーエンを含めたその他の人々を守るためにアンジェラが杖を構えている。
殺した死体からそうでないもの。
あとは自分等の身内。
アンジェラがそれら全てをフォローできる、とシズクは信じていた。
例えシズクが一匹、この瞬間にモネに惨殺されようとも、アンジェラがそのバックアップをする。
という肉壁も真っ青の単純な作戦だった。
しかしそれぐらいに明快にしなければ、この闘牛のような殺意と上手く対面できない。
シズクは二回目の忠告をする。
「聞こえませんでしたか? これ以上の拷問は必要ありません」
敵はすでに戦意を喪失している。
「なんでも話しますから」と、さんざん蹴り殴られて血まみれになった顔面で泣き言を言っている。
「……ふー」
モネも、若干のノイズを含みつつも段々と理性を取り戻しつつあった。
とにかく、畑泥棒がこれ以上余計な戯れ言を言わない。という事実がもっとも有用な鎮静剤となっていた。
「申し訳ない」
モネはシズクと、そしてその背後に構えている身内に謝罪した。
「ちょっと興奮が過ぎた。イカンね」
いつも通りの、慈愛を満たそうとする理性的な笑顔を取り戻した。
さて。
「取材旅行のつもりが、ただの仕事の斡旋になってしまいました」
ルイは無表情でメモをまとめている。
小説の題材にするための走り書き、お使いメモのような単純な文章である。
メモ用紙の白く滑らかな表面、ルイは青色のインクですらすらと滑るように要項を書き連ねていく。
その様子を見て、クドリャフカがマズルの先っぽの鼻をフンッと不満げに鳴らしている。
「お前、内心こういう展開を望んでただろ?」
ルイは聖女像のように微笑む。
「はて?」
否定をしない、という形状の肯定をする。
「ケッ……!」
クドリャフカは嫌みたっぷりに目線を伏せる。
沈む視界のなか、ただ少女たちの声が快活に聞こえてくる。
「うあああぁ」
シズクが感激の声をあげていた。
感動しているというよりかはむしろ慟哭しているかのような音声の激しさだった。
「野菜が、野菜が、野菜にあるまじき甘さとみずみずしさであります!」
どうやら仕事の労いとしてユーエン氏が自宅の畑で収穫した野菜を使用したお手製の野菜コース料理を振る舞っているようだった。
「どうだい、どうだい」
ユーエンはメインモニターにふわりふわりとハートマークを浮かべている。
得意気、などのポジティブな感情を表しているようだ。
「機械仕掛けのお野菜の旨さに感動かイ!」
生産者として、消費者の直の褒め言葉が嬉しくて仕方がないようだった。
ルイはその姿を見つめている。
メモを取ること無く、文字を必要とせずただ視線に意識を静かに注いでいる。
銀色の瞳。
魔王の目玉。凡そ人間が持ち得ない銀色を有している。
仄かに光ってさえ見えるのは、果たして気のせいだろうか?
魔王が見つめる先。
魔物の少女と生き残れたロボットのささやかな祝祭が開かれていた。
「ええ、ええ」
ルイは納得する。
割合長めに生きてきた、あえて人生と伝わりやすい単語で表してみる時間の範囲内。
「この先にも、あの輝きがいくつも見られる可能性が高い。というだけで、わたしは、この世界がまるで天国のように思われて仕方ないのです」
どうしようもない、と、ルイは恥じ入っていた。
「明日理不尽に殺されるかもしれないというのに、それでも、どうしようもなく、ただの希望でしかないのです」
「そりゃそうだろうよ」
肯定されたことが意外であり、ルイは少し表情を動かしてクドリャフカの方を見た。
幼い子供のような隕石のごとき純真さもあり、なおかつ同時に熟れた女の軽妙な感情表現の気配もある。
嬉しいと思う、その状態についてはクドリャフカは特に否定もしなかった。
「自分の娘が、友達と元気そうにしているのは、見てて決して悪いもんじゃないはずだ」
言ったあとで、はて? とクドリャフカは不思議に思う。
「……あれ? 誰が……子供?」
ぼんやりしている。
まだあまり上手く思い出せない事柄のなか、ただ飯の旨さだけが肉体に刻まれた、抗いがたい基本事項でしかなかった。




