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ぼくとわたしの生存戦略プロトタイプ  作者: 迷迷迷迷
魔王と魔術師の乳栗合
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伝説的に飽きられた伝説の勇者 その2

「実を言いますと彼らとは初対面なのであります」

 アイオイ・ルイという名前の「魔王」は正直に告白していた。


「はあ?」ライカ・クドリャフカが真っ向から疑問を抱いている。

「オイオイオイ、他ならぬ魔王の一味のドンともあろう者が、まさか手下の全部をきっちり把握していないとか……」


 「宇宙犬」の魔物であるクドリャフカは魔王であるルイを尋問するようにしている。

「いただけねぇなあ?! 王だろうが、いや、王であればこそ居城を守護する部下どもの管理とその戦況の把握はしっかりみっちり頭に詰め込んでおくべきだろうがよ」

「ええ、はい……おっしゃる通りで」

 

 正論を千本ノックのごとき勢いでぶつけられなにも言い返せずシュンとするばかりのルイ。

「まあまあ、まままま……」

 ルイをかばうように、「魔法使い」のシヅクイ・シズクが場をごまかそうとしている。

「これでも魔王陛下は病み上がりでございまして、その、えっと、まだ本格的に魔王業務を行えるほどにはご回復なされていないといいますか、なんといいますか……」

「甘やかすな「魔女王」!」

「ま、魔女王?!」


 謎の単語にシズクは猫の耳をビクッと震わせている。


「な、なんですか? 新しい物語を勝手に作らないでくださいよ! 魔女王なんて……」

 拒絶しかけて、ふと、少しだけ思い止まる。

「んるる……でも、なんだか魔女を全部支配する王さまみたいで、うふ、うふふふふ……」

 どうやらなにかしらイヤらしいことを考えているようである。


「……っと、いけない! お気に入りのステキな人妻を淫らに好き放題メチャメチャにする甘美なる空想に耽っている場合ではありません……!」

 己が卑猥さの徒であることを認めている、その状態が益々をもって救いようがない。


 とはいえ、曲がりなりにも魔王の幸せを守ることを己に誓った魔法使いである。

 ラストダンジョンのラスボスの手前、やたら強い魔王の腹心。

 ラストバトル手前で勇者様のMPやらHPやら、レア回復アイテムゲーム内資金その他諸々……ありとあらゆる資源を蹂躙できる、かもしれない可能性、ポテンシャルは十分に秘めている。


「というわけで早朝に我が家、すなわち魔王陛下の居城を強襲してきた敵軍の魔術師の情報について、共有しようと思うのですが」

「きょきょきょ、きょっ……!!! 強襲?!」


 いかにも戦争じみた単語の登場に、若い作業服姿の男性が吃驚仰天している。

「つーか今気づいたけど、シズク君血まみれじゃねぇか!」


 ネズミ関連の物語を受け継いでいるのだろう、頭部に備わる大きめの白みが強いネズミの耳がかなり特徴的である。

 作業服の名札には、ウィアートリークス・ムスビと記されている。

 どことなくハーフのような気配のある名前である、とクドリャフカは思う。

 思うが、なるべく口にしたくないとも考慮している。魔物と人間の侵略戦争が終わり、大災害を通り抜けて全ての存在が黄昏、つまり夜という完膚なき滅びの一歩手前まで進んでしまった世界。文化の区分もそれらの行為の影響でひどく混乱してしまった。


 名前もそのうちのひとつ。

 少なくとも同じ土地にことなる文化圏の名称がごちゃ混ぜになったとしても、魔物にとってはさして注目するような問題点ではない。


 と、いうことをこの前クドリャフカはモネから教えてもらったばかりであった。


 教えてもらう、ということは、そうしなければならないトラブルを彼自身が行った、という事実に最終的にたどり着く。


 さておき。


「怪我人は居ねがあァァァァ!!!!!!」

 別の魔法使いが会議室内に突入してきた。

 女の声、少女の幼さがありありと現れている。

 現れている、が。


「おのれはまーた怪我ほっぽって仕事仕事仕事! 肉体健康ナメとんのかワリャア!」

 ツインテールにロリボイス、それら決定的要素を覆さん勢いにて、ドスの効いた脅しをシズクに差し向けてきている。


 彼女の名前はジェラルシ・アンジェラ。エルフをベースにした「ヤマタノオロチ」の物語を受け継ぐ魔物で、魔王城の保険医を勤めている。

 年齢は十四歳程度、胸はスポーツブラでごまかせる程度のサイズ。


「いい加減にちゃんと傷治そうとしなきゃ、そのプルプルの美乳を切り取って焼きプリンにしてやるけぇのぉ」

 本州関西のとある地方を想起させる言葉遣いを使っている。

「うちにカニバリズムさせる前に、ちゃんと殺菌消毒ぐらいはさせてもらうけぇ。ほれ、そこに座んなさい」

 

 アンジェラはとてもかわいい声で頼みごとをしている。意識したものではなく、地声がかなりファンシーなだけである。


 しかし獲物のそれはかなり攻撃性が強い。

 柄の長い、杖のようなハンマーを所持している。

 刺殺、削岩、そして当然のこととして撲殺に適している。かなり多機能なヒーラー用ロンドである。

「アンジェラちゃん」

 モネがアンジェラの、エキゾチックなタトゥーに染まりきった細い肩にそっと手をおいている。

 待て、の合図だ。

「今は会議中」

「会議……」


 アンジェラはハッと気を切り替えている。

「おおお、ついについに、我らが埴生の学舎の、尊き恩師殿をお救いする算段がついたと?」

 アンジェラの期待をムスビが止めている。

「いや、残念ながらまだまだ前段階、作戦のための準備、……を進めるためのアイテムを作るための、材料集めってところだな」 

「なんじゃあ……じゃあなにも自体が進んどらんのと変わらんのぉ」


 いやいや、とシズクがアンジェラを励ましている。

「何事も些細な一歩を重ねて、それらを継続することでようやくステキな1ページを拵えられるのですよ」


 形容の仕方に若干の癖はあるが、シズクにしてみれば割合マトモな主張である。


「んで?」

 アンジェラはいかにもガラの悪い所作にてトサッと椅子に腰を下ろしている。

「今回はどこのなんの神さんをぶっ殺しにいけばエエの?」

 机と椅子が学校で使用されるデザインに酷似しているため、見た目としては中学生女子が次の移動教室の場所を同級生に質問している風にしか見えない。


 だが質問内容は平和からは決定的すぎるほどに遠く離れてしまっている。


「……やっぱり」

 クドリャフカは柴犬のような造形の獣の姿のまま、声を潜ませてルイに確認をしている。

「あのガキどもも、この世界で神殺しをして生きているのか?」

 ルイは、無表情で答える。

「ええ、魔法使いに類するもの、あるいは魔王の側で生活を営もうとするのならば、そこには必然的に神を殺すという行為が必要とされるのでしょう」


 戦争がもたらした混乱は多くのみなしごを産み出した。

 あるいは大人という働き手を不条理なまでに浪費した。

 戦後、多くの区域にて就労が可能とされる年齢が著しく引き下げられてしまった。働き手があまりにも不足しているからである。


「現状一時的施策として十三歳に到達した魔物であれば就労し、賃金を稼ぐという行為を認可されます」

「ガキじゃねえか」


 ルイとクドリャフカのやり取りに聞き耳を立てていた、狸耳の陰陽師少年が会話に介入してくる。


「法律で決められていても、実際にはもっとちびを働かせているギルドやら機構やら会社もフツーにあるっすよ」

「お前は?」


 いきなり話題にはいってこられた不快感よりも、クドリャフカは目の前の若者の情報があまりにも不足していることに今更ながら気づいている。


 年齢はモネやシズクと同じくらい、十六歳程度。

 ジョギングにでも出掛けられそうな機能性の高い現代的な軽装をしている。スニーカーは少し古いデザインの「プーマ」。


「ああ、そういやお前だれだっけ?」

 クドリャフカの態度はぞんざい、まるで新入部員の名前を覚えない雑な先輩のようである。


 少年は若干イラッとしたが、しかしすぐに冷静さを己に演出する。

 そういえば、この犬のような姿の精霊には今日会ったばかりなのであった。


「えっと、自己紹介が遅れました。自分はカブ、ポンダ・カブって言います」

 一転してアジア風味の名前が登場した。まあ、狸となればアジアでもかなり限られた地域にしか生息しない動物、かつ起因する物語もかなり限定されてくる。


「担当する物語は?」

「担当……?」クドリャフカの言い回しに若干違和感を覚えつつも、カブはすぐに合点をしている。

「狐狗狸、なんすよ」


 学校の階段としてはかなりメジャーな部類。

「あれって、今どきやる奴いんのかな……」

 現代の価値観に疑問を抱く、クドリャフカはふとカブの様子がおかしことに気づいた。


 挙動不審。

 どことなく、不審さや挙動のぶれに見覚えがあるような気がした。

「もしかして、虚偽報告したか?」

「いっ?!」


 図星だったらしい。

 クドリャフカが速攻で嘘を見破ったため、カブはかなりしどろもどろになってしまっている。

「そんな……モネちゃんの使い魔だからもっと鈍感でどんくさい木偶の坊だと思ってたのに……」

「誰が使い魔じゃボケコラ。大体ちゃん付け呼ばわりとか馴れ馴れしいんだよ」


 さておき、仕事である。魔王を保護する団体。略して魔王団の仕事は神を殺して城を守ること。


「という名目で」

 ムスビはそれっぽいことを言う。

「神と言う害獣を駆除する猟師であり、あるいはその血肉を一般紙見んの方々に漁によって提供する漁師でもある。または戦いのなかで磨いた魔力を駆使して魅力的な魔法を製作するクリエイター、それをメディアに届ける編集者も担当。あとは魔術も少しかじりつつ、異文化、すなわち迷宮内に散らばる異世界文化を収集する博物学的役割も進行ちゅうだ」

「多い!!」クドリャフカが悲鳴を上げる。

 しかしムスビは追い討ちをかけるだけ。

「ちなみに団の業務は今後増えていく予定? そうなったら良いなぁ……状態である」

「そんなに業務増やして大丈夫なのか?」


 クドリャフカは老婆心のような憂いを抱く。

 だがムスビは特に憂慮の気配を見せなかった。

「それぞれの団員がそれぞれのキチガ……ジャンキー……いや違うな、気狂いレベルでそのジャンルに従事しているから」

 さんざん考えた挙げ句にかなり酷い言い回しを使っている。

 

 そうしているのは、あるいはそうしたがるのは、ムスビ自身も気を違えるくらいに熱中するジャンルにとらわれている。その自覚があるのだろう。


「というわけで、実働部隊には早速現場に向かってもらう。レッツ✝︎魔王(ルシフェル)✝︎ライフ!」

「掛け声ダッサ?!!」


 クドリャフカの悲鳴をおいてけぼりにしたまま、魔王団の会議は踊るような勢いと気軽さで進んでいった。


 さて。


「というわけで迷宮探索やで」

 それとなく身構えている三人の魔法使いたちが迷宮内を歩いていた。

 歩く、というより小舟でどんぶらこと推進している。


「これが探検小隊……」

 クドリャフカは迷宮を探索するパーティのメンバーを確認する。

 自分と魔王であるルイは使い魔として同行することになった。

「お前それで良いのか?!」

「質問の意味が理解できないが?」


 クドリャフカの詰問にルイは即答をしていた。実に早い、まるで追求をあらかじめシミュレーションしてあるかのようである。

「もう一度言います。質問の意義と、意味と、理由と、そこに生じるわたしへの利点がまるで理解できず、またその利益の可能性すらも展望できないのですが?」

「おうおう? 全面否定だなコノヤロウ」

「あいあい、そこ、移動中に変な方向性のケンカせんといてよ」


 小舟に同乗している、探検小隊のメンバーであるモネが彼らを注意している。

「これでも魔王陛下殿には自発的に計画に参加してもらっとるんやから、どうか彼のご厚意を無視せんといてやってよ」

「自発的、ねえ」

 クドリャフカがルイに目配せしているのを見て、モネも小慣れた様子でフムフムうなずいている。


「毎回毎回、シズクちゃんが参加するプロジェクトには必ず同行するんよ、この人」

「過保護だな~」


 クドリャフカのイヤミにルイがムッとしている。


 モネが「まあまあ」とフォローしようとする。

「名目上? 「魔王」は一旦勇者に殺されて死んだってことになっとるんやし、さすがに死んだ物語が自発的に気ままに動くと世界に不都合がおきるんよ」

「その辺の仕組みがよく分からんのだが?」


 確かに複雑な事情ではある。

 モネはざっくりとした説明だけをする。


「科学世界、つまり人間さんが暮らしとった世界と同様に、うちら魔物にとっても「死ぬ」ってことはとても重たい意味をもつんよ」

 

 取り分け魔物と呼ばれる存在は、死ぬと言う状態に二つの意味合いが課せられるらしい。

「ひとつは肉体的な死、もうひとつはストーリとしての意味が死ぬということ」

「ストーリーが死ぬ?」

 例えば、とモネがクドリャフカに例文を出す。


「物語と言う情報の伝達方法を材料に作られたわたしらは、精神の状態がかなり肉体に、それこそ科学的領域に達するレベルまで密接に繋がりあっとるんよ」


 例えば落ちる事にこの上ない恐怖を覚えれば、重力を操れる魔力に目覚める。

 例えば他者の苦しみを絶対に、何がなんでも癒したいと願えば、癒しの技法に特化した方向性へ魔力の性質が変わる。


「それまでの自分自身を否定する。ある意味ではそれは己の手で自らを殺す、死に向かう状態に等しくなるんよ」

「そんな……ずいぶんと極端だな」


 まったくもって荒唐無稽な内容ではあるが、しかしクドリャフカはモネの言い分を信じずにはいられないでいる。 

 というのも、モネの視線が会話途中からシズクやアンジェラの背中にチラッチラと、これでもかと分かりやすく向けられているからであった。


「やはり」

 クドリャフカは再びルイの方に視線を戻している。


 ルイは、先程から大して表情を動かさないままだった。

 

 クドリャフカは構わず話し続ける。

「あの子達も、自分を殺そうとしたことがあるんだな」

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