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グッバイニート生活

 何かあるとしたら死ぬのは自分であると、俺はそう思っていた。

  引きこもり生活六日目。最強の天使がつくりあげた太陽のごとき人口の光まだ止む気配は無い。

 ひとたび浴びれば体は溶ける。

  熱に触れれば火あぶりのごとき苦痛を覚える。

  涙を流そうが、お構い無しい毒の光が身を犯す。

  涙がずっと止まらない。

 どうやら涙を流していたらしい。

  自分のためなのだろうか?

  元いた世界でトラックに跳ねられて死んで、そしてこの世界で「神」として転移した。

 神としての生活は楽しかった。

  分かるだろ? 神だぜ? 童貞も捨てれたし、それよりももっと凄い……、……いや、酷いことをしてきた。最低だった、今更ながらに。

  後悔することが出来ているのは、ついに俺たち神が、この世界を我が物顔で歩いていた俺たちが、あるいは、現実を直視しなかった俺を、世界が拒んだからだ。

  いつの日だったか、村の処女をごうかんした時のことを思い出す。何故だろう? 考えてみる、想像してみる。

  出産が、頭に思い浮かんだ。

  女の腹の中で、子宮の中で卵が成長する。そしてやがて生き物として生まれる。

「ああそうか、この世界は生まれ変わったんだ。異世界を転生したんだ」

  唐突に応えを導き出してしまった。

 卵が誰の意識から生まれたかなんて、そんなのは関係がない。俺が元いた世界で、少なくとも俺が生きていた三十四年のうちには、生命を作り出した水がどこから生まれたかどうかさえも分からなかったように。

  はっきりとした起源も、原因もないのだ。

  だってこの世界は剣と魔法の世界。魔法のエネルギーがどこに向かうかなんて、呪いの毒がどこに向かうかなんて、誰も考えないだろう。

  俺たち神は、いや、異世界転移をしてきた元人間と言うべきか、ただ単に、「普通」の人間と言うべきか。

 なんにせよ、人間の魂こそ呪いの根源。積もり積もってやがて、そう、「いずれ」が「やがて」に変わった。ただそれだけの事なのだ。

  俺たちが作り出した呪いが、ついには本物天使を完成させ、そして、まさしく終末世界宜しく聖なる水が世界を滅ぼした。

  清め、とでも言いたいのだろうか。

  浄化、とでも言いたいのだろうか。

  だから、だから、

「……」

 俺の、瓦礫の下に押しつぶされている俺の隣で、同じように潰されているこのガキ。

 たまたまこの場にいあわせた、天使の誕生に居合わせただけの、このガキが死ぬ。

「……」

 まだ辛うじて呼吸は聞こえる。

  だがもう、数分としないうちに消えてしまうだろう。

 ガキの手を握り閉めようとして、少しでも他人の存在を確かめたくて、……ただの犠牲者に何かをしたくて、俺は手を伸ばそうとする。

  触れようとする。だが出来なかった。

  瓦礫に挟まれて体が動かない。

 瓦礫。建物だったもの。壊した、俺たち神がこの世界を本当に自分たちのものにしようとして、元々暮らしていた誰かを蹂躙した。

  利益のために殺した。

  食料のために殺した。

  仕事のために殺した。

  他人事のように殺した。

 平和を、ただ俺たちだけの平和を願う。

  そんな願いで、殺した。

「あ、はは」

 笑っているのは誰か。

「あはは、ははは」

  どうやら俺の喉元らしい。

  理由ならわかる。

  神の侵略が、異世界転生者の横暴が、傲慢が、核兵器のように全ての意味を物言わぬ肉塊にした。

 俺だってそうだ、一体何人の魔物を殺しただろう。どれほどの魔物、彼らをゴブリンと呼んで蔑んだか。

  いつしかそれが当たり前になった。無自覚の差別を隠そうともしない。

 ああウケる。まさに天使は人間が愚かさにぶくぶく肥え太るのを待っていた、ただそれだけの事に過ぎなかったのだ。

 人間の魂をたっぷりと食らった、天使はどうなったのだろう? きっと腹がいっぱいになって、もう食べたくないと思って、だからこの世界を滅ぼしたのだ。

 用済みになったのだ、俺たちは。

  まだ食らうつもりなのだろうか。

 肉が欲しいならいくらでもくれてやる、骨も粉々に噛み砕けばいい。

 だから。だから俺は、瓦礫に自分の皮膚がぶちぶちと引きちぎられることも厭わず、考えず、手を、ただ手を、ガキと……彼と握ろうとする。

  触れる。

「……お父さん?」

 お父さんは、お前のお父さんのナグ・センスは、俺が殺したんだよ。

  教えて、謝りたいが、もう声が出ない。天使の毒で身体の昨日はほとんど失われた。

  涙だけがぼたぼたと流れ落ちて、幼い彼の口元に、小さな雫となって染み込んでいく。

「いい匂いがする」

 それは死の匂いだよ。

 教えたい。

  でももう、意識が途切れそうだ。

  涙を流すのだ。

 最後に魔力を彼に残すのだ。

  そうしなければ彼は死んでしまう。それは嫌だ。

 今後この先何かがあるとして、彼はそこで死ぬとしたら。

 そしたら、助ける意味はなかったかもしれない。もう、この世界は天使に呪われてしまった。

 呪いは消えない。それこそもっと強い呪いでもなければ。

 だから彼もいつか死ぬのだろう。

 今以上に惨たらしく死ぬのだろうか。

  そうなった所で、それは俺には関係ないこと。

 ただ、自分が死ぬ代わりに彼が生きる。

 この場所で決定している呪いは、それだけだ。

 ざまあみろ天使、俺たちはお前が満腹でも、新しい呪いを作る。

  作り続ける。

 作り続ける。

 作り続ける。


 最後に名前を呼んでみる。

  俺と同じ響きを持つ、彼の名前を。

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