深夜のダブルベッド三人利用その二
「病院行けよ!!!!」
悲しいことに、魔法使いたちが想定していた以上にラブホテル側の対応は常識的で良心的で、正しかった。
少し変わった風体の男性従業員。
薄暗い受付で血まみれ傷まみれの謎の怪しい不審な少女たちを見かけた時は、まさに顔面蒼白、であった。
「蒼白っていうか……」モネは何かを言いかけて、そっとかぶりを降って沈黙とともに言葉を飲み込む。
小さく飲み込んだ言葉の代わりに、本来の目的を相手に要求する。
「あの、えっとですね? 怯える気持ちはよーく分かります」
「分かるわけねぇだろうがよォ??」
男性側はあくまでも正論であった。
正気も冷静さも失いかけてはいるが、常識は強固に保たれたままだった。
「そもそもうちは未成年利用は禁止だっての」
恐怖に誘われるままに、彼は発音良く滑舌よく、早口言葉のごとき勢いで自陣の事情を主張する。
「全くどいつもこいつも最近の若けェ娘はよお。操はどうなってんだよ操は! もうちょっと自分の体大事にしろよクソアマ共。
困るんだよ、何回も何回も犯罪沙汰やら刃傷沙汰やら挙句の果てには謎の密室殺人」
「モネさん」シズクがそっとモネに耳打ちをする。
「いわくつきホテルですよ、ここ」
「いわくのレベルと方向性が社会派ホラーやね」
モネたちの会話を無視する。
というか聞く耳を持たない、受付係は深々とため息をつく。
「とにかく! これ以上未成年淫行で警察沙汰になったら、いよいよこのホテルも取り潰しになっちまうって訳で」
「別にええじゃろ」
アンジェラが即答する。
「こんなしょっぱいホテル。そも、昨今わざわざラブホで致すカップルもそうそうおらへんやろ」
「えー」シズクが不思議がる。
「じゃあ世の番たちは一体どこで乱痴気騒ぎを?」
「そりゃあ、出来るだけ金かからん場所じゃから手前の家か相手の家かカラオケボックスなりネットカフェなり」
「そんなコスい砂利っ子どもとうちのお客様を同列に語るんじゃねえ!」
職場だけでは飽き足らず客人まで侮辱されたとなれば、受付係も黙っていられない。
「なんなんだテメエら?! やっぱあれか? 反社会的な勢力に属すやべえ奴らか??!」
「いや、あの……!」
それなりに痛いところをつかれた!
モネは思わず言い淀んでしまい、言うべき謝罪を言う、最もふさわしいタイミングを逃してしまう。
「すみません、申し訳ございません。なんの事情も知らんくせに、なんか勝手にべらべら独り言みたいなこと言って」
ほらてめえらも謝らんかい。と、モネは傷の痛みも忘れて仲間ふたりの頭部をむんずと掴み、握りつぶすがごとき馬力で無理やり頭を下げさせている。
「痛だだだだだ」
頭蓋骨が軋む音を聞きつつ、涙目でシズクは上目遣いに受付係の様子を継続して探る。
「もー意味わからんってば」
受付係の男性は疲労感たっぷりに、この数分間で何度目かも分からないほどのため息を深く吐き出している。
言葉の気配から年齢はあまり推察できそうにない。
若々しい、少年のような声の高さだが決して子供のそれという訳では無い。
あくまでも成人男性のそれ。
もとより、個体の識別に音声という情報はあまり頼りにならない。
しかして、どうしても、音声以外に彼から取得できる明確な情報は、限り無く少なかった。
なぜなら、彼は。
「まあいいや、部屋番号は501号室ね」
ぱちくり、と瞬きをしているシズクの前に、彼の手元にぶら下がるホテルキーが燦然と煌めいていた。
「んるぇ?」
思わず猫が驚いたような声を発してしまう、彼の行動原理がシズク、もとい魔法使いの少女たちには理解ができなかった。
「これはまた」アンジェラが特に表情を動かさずに疑問点を素直に伝える。
「いきなりの主旨変更。ホテルの安全な経営は? もうええんですか?」
かなり分かり難いが、アンジェラは受付係の真摯な経営理念をそれなりに賞賛しているようだった。
故に、突然の方向転換はおいてけぼりを食らったような意外さ、一種の失望感にさえ繋がりかける。
「大丈夫かそう出ないか、は、俺よりもあんた方が心配すべき内容だと思うけどな」
なんの事だろうか。
どこか、社会的な良識とは異なる、もっと根本的な問題を心配しているような。
そんな気配が、彼の少年のような音声に陰りを滲ませていた。
入室。
「きゃー! 血みどろプレイ?! そんなハードなセックスとかゴメンなんですけどっ!」
答え合わせは割と直ぐに帰ってきた。
モネとシズクとアンジェラの三人共は、それなりに恐る恐るビクビクと扉を開けて。
「なんや、扉開けた瞬間になんかヤッバイのがワー! 来るかと思っとったけど」
「ジャンプスケアを乱発するホラー作品も、最近はあまりウケませんからね」
「来たら来たで、向こうさんもウチらを見たら……」
アンジェラの言わんとしていることはだいたい予想が着いた。
まさに予言レベルの正確さ。
ラブホテルのベッドの上、星座をするような姿勢で、その謎の美女は美少女たちに怯えきってしまっていた。
「誰ぇ?!」
正しく飛び上がりそうになりながらも、モネはぐっと堪えて正しく疑問点を指摘しようと試みる。
ものすごい努力を、よもや今日一番この瞬間に振り絞る羽目になっている。
「あ、(*'-'*)ノはじめましてヽ(*'-'*)
アクアだよー♡♡♡」
「あ、アクアさん」戸惑うモネ。
「初めまして、アクアさん」
シズクは速やかに彼女の存在を受け入れている。
ということはつまり、少なくとも確実にアクアにはこちら側への殺意は無いことが確定している。
あとついでにシズクにとっては魅力的な範疇に含まれる程の美を有している対象である、ということをアンジェラは密かに判断していた。
「ところでアクアさん」
「はぁ~い、なあに?」
アクアは、割合精悍な顔つきをした若者を目の前にして、直ぐに機嫌を良くしている。
ベッドの上のニコニコの彼女にそっと顔を寄せて、穏やかな頬笑みを浮かべてシズクは質問をする。
「あなたは誰でしょうか?」
「アクアたんはぁ~アクアたんだよぉ~(´;ω;`)ぅʓぅʓ」
「あなたはどうしてここにいるのでしょうか?」
「ここがアクアのお仕事場所だからだよ」
「あなたはここの従業員ですか?」
「ううん、アクアはこんな寂れたホテルで働きたくなーい」
ラブホテルを主戦場として働く職業となれば、それがまた女性であり、溌剌と元気でとりわけ男性を誘惑する手口に優れたる性格をしている。
色々と考えられるが、しかし、まだ決定的な情報を得られていない。
シズクは質問を続行する。
顔面の良さで相手をごまかせられる時間は、実の所そんなに長くは無い。
「最後の質問です、あなたがこの501号室にいる、その理由を教えてください」
かなり個人的な情報を求めようとしている。
だが、アクアの方はさして躊躇いもなく質問に答えてくれていた。
「もちろん、セックスアンドロイドであるアクアとなかよぴっ♡ するためにやってくるダーリン♡♡ を待っているんだよォ(öᴗ<๑)」
なるほど、とシズクは頷いて、補足の情報を催促しておく。
「ちなみに、待機時間はどれくらいになりましたか?」
「えっとねぇ」
アクア、という名前のロボット族の女性が答える。
「六年と三ヶ月と二十四日と十九時間七分、あ、今八分になったばっか!」




