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ぼくとわたしの生存戦略プロトタイプ  作者: 迷迷迷迷
思ひ出はママを見殺しにした
14/86

深夜のダブルベッド三人利用

「んがああああ……疲れた、疲れたよぉおおお……!」


  色気のイの字もない、そんな声を発している美少女がいた。

  亜麻色の髪の毛を持つ少女だった、名前をモニカ・モネという。

 

「よしよしよし、よしよし」


  殺し屋の仕事をし終えて、疲弊しきっている彼女の柔らかくふわふわの髪の毛をよしよしと撫でている。

  白くて細い指の持ち主はモネと同い年くらいのこれまたタイプの違う美少女。

  黒く長く艶やかな黒髪をさらりと2本お下げにして、三つ編みに編み込んでいる。


「なんかすごい、手も足も生えていない太い何かに襲われて戦って、危うく手も足も出ない状態に陥りかけたのです。

  獣のごとき唸り声を発しても致し方ないのでしょうとも」


  はあ、と別の声、ため息。


「ケダモノのごとき神様をいてこまして、そいで報酬にあてがわれるのがぼっろい安宿とはのお」


  肩に少し触れる程度の長さがあるツインテールは桜色、名前はジェラルシ・アンジェラ。

  天然のうねりを含んだゆるふわツインテール。

  勝手にワガママお嬢様的雰囲気を醸し出している、その上彼女もまた別種類の美少女である。


  そう、美少女たちが血まみれ汗だく傷まみれになりながら、夜の道をのたのたと歩いているのである。


  その様子はさながら死にかけの勇者パーティー。


「ドラクエで言えばIIですね」


  シズクの例え話に、少しでも現実のつらさを忘れておきたいモネが適当に乗じる。


「じゃあわたしサマルトリアで」

「いきなり渋いところ攻めてくるのお」


  アンジェラはニヤリと笑う。


「そうなるとうちは……」

「アンジェラさんはムーンブルクの王女一択ですよ」


  先にシズクが即決しようとしていた。


「回復魔法を使えるとなれば、もうお王女しかありません」

「ええぇ」


  アンジェラはあまり嬉しそうではなかった。


「あの王女火力弱いよ、ぶっちゃけパーティー加入直後はなんやあの、イノシシみたいな敵にボコされてそく教会直行じゃよ」

「それはいきなり遠い場所に進みすぎなんよ」


  モネは、味方のために丁寧に復活を施す気遣いと優しさには、あえて触れないことにした。


「もっと町の周辺でこつこつと丁寧にレベル上げしたらええねん」

「かったるいのぉ、もっとサクッとズバッと世界救いたいんよ」


  確かに、とシズクは思案顔っぽく指を、戦いのダメージによって冬のあかぎれのようにガサガサなってしまっている指先をと顎に添えている。


「チートコードですか、諸刃の剣ですね」


  シズクは、いわゆる所のゲームプレイヤーの良心やら常識やら、あるいは娯楽を楽しもうとする心の余裕の具合について。

  を、心配している訳では無いようだった。

  むしろ自分を含めてプレイヤーがどう思おうが、遊ぼうが、ゲームをバカにしようがどうでもいいと思っている。

  楽しんでいるのなら、それが己の心を本当の意味で満たし、そのために自己の犠牲を厭わぬくらいならば、むしろチート行為も推奨するほどの勢い。


  なればこそ、シズクは何を憂うのかと言うと。


「勇者が無駄に強くなったら、もうぼくたちみたいな雑魚魔物は出番が無くなっちゃいますよ」


  どうやらシズクは魔物側の心配をしているようだった。

  別に彼女が、勇者のための経験値として雑に消費される存在を哀れんでいる訳では無い。

  そのような博愛主義者では決して無い。


「ねえ」


  不安を呼ぶ。

  シズクの頭で、黒色の猫の耳がぴょこんと動いている。

  黒猫のようにクルクルと、獲物を狙うのに適していそうな瞳孔がキュッと縦に細長く窄まる。


「故郷を蹂躙されて目の前で愛しい父親を殺された時は? どんな感じでしたか?」

「何を修学旅行の夜みたいなテンションでインタビューしてんねん」

  モネを無視してアンジェラが答える。

「そうですね~ぇ、やっぱりぃ? こう……胸がドキドキ……♡ ってして、ああ、うちは大人になるんやなぁって思ったって感じぃ?」

「乗らんでええねんお姫さん。それでなんやねん、その姫らしからぬキャピった受け答え」

「ああ、これは姫は姫でも夜の泡を使いこなす姫というか嬢……」


  ひいっ?!

  と悲鳴をあげているのは道すがらたまたま彼女らの戯言を耳にしてしまった仕事帰りのサラリーマン殿であった。


  スタタタタッ!! と「風車の弥七」もビックリの速度で少女たちから逃げていくサラリーマン。


「なんだよお」


  その挙動不審を見た、アンジェラが露骨にキモがっている。


「あんなヘコヘコして歩くなんて、どうかしたんじゃろうか?」

「いわゆる不審者ですかね」

「絶対違う」


  真面目ぶった様子でサラリーマン側に非を擦り付けようとしている身内を、モネはなるべく厳しめに否定しようとする。


「恐怖以外のナニモンでもないやろ、道端で血まみれ傷まみれの女三人がやれドラクエだのハンドソープだの」


  然るべきお叱りを行おうとして、しかし体力が追いついてくれない。


「ああぁぁ……アカン、もう怒る気力もない……今すぐ柔らかいベッドに沈みたい……」


  今まで残存体力で誤魔化していたが、損傷の具合は今のところモネがいちばん酷いと言える。


  歩けるか、走れるか、あるいはまだ戦える。

  可能性が残っているうちに一刻も早く安全地帯へ休息を求める必要があった。


「休みたいのはうちも一緒じゃけど」


  モネの顔色を伺いながらも、アンジェラの警戒心はまだ周辺の環境の全てを容認できないでいた。


「でもさ、この周りでお休みできるところあると思う?」


  ルビーのような両目がぐるりと周辺の環境を眺める。

  そこは、完全に大人の世界だった。

  ビル街では無い、飲み屋街では無い。

  基本的にけばけばしいピンクで構成された看板があちこちに並んでいる。


  女の笑い声が聞こえる。

  男の鼻息が聞こえる。

 

「ここはあれですね」


  シズクが笑顔で説明する。


「男女のなかよしレスリングごっこ会場です」

「柔らかく表現すると逆にいやらしく聞こえてくるんよ」


  素直にここはラブホテル街であることを認めなくてはならない。

  モネは深々とため息をついている。


「ううぅ……下っ端魔法使いとはいえ、もうちょっと場所選んで欲しいよ……」

「仕方ないですよ」


  シズクがモネを慰める。


「ベッドがある部屋ってのが、割り当てられたホテルの中でこの区域しか残っていなかったみたいですから」

「どういうことやねん、ホテルにベッド無いって。ベッドがあるのがホテルやろ。

  ベッドなかったどこで寝るねん?」

「布団ですかね」

「旅館やん、あるいは民宿やん。

  布団で眠るのは基本的にお宿なんよ」


  なんにせよ、とアンジェラは憂いを抱く。


「こげな場所で純潔乙女が3匹グースカ寝るなんて、路頭に迷ったシロアリの前に築六十年以上の木造建築差し出すようなもんじゃけぇ」


  もう少し分かりやすい比喩をするべきではなかろうか?


「三大欲求ですらないし……」


  モネは、なによりと、不安を吐露する。


「曲がりなりにも未成年三人をラブホに泊めるかね」

「大丈夫ですよ」


  シズクは何度でもモネを安心させようと試みる。


「世の中にや援助交際だとかパパ活だとかオフパコなどなど名目で実行される未成年を性的に搾取。すると思い込んでいますが、実のところもっと後ろに潜んでいる更におぞましいなにかに舌なめずりされながらニヤニヤと捕食されかけている粘液垂れ流しのぬるい肉塊。

  そんな、悲しい虚しい、性欲の暴走という名前の悪魔が描き出した愉快な無限地獄に捕らわれている、囚われているという自覚さえ持てない、頭の先からおしりの穴までローリョンのアルコールのにおいに包まれた誰かが、割合多めに存在していらっしゃいますから。

  ホテル側もきっと「嗚呼、またか……」と勝手に事情を察してくださいますよ」

「うん」


  言いたいことはわかった。

  そして言わないといけないことも、言ったとしてもここではなんの解決にはならないこと。


  色々なことを考えて。


「とりあえず、店の人と話さんとね」


  モネは、相談を試みることにした。

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