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ぼくとわたしの生存戦略プロトタイプ  作者: 迷迷迷迷
土になった初恋を食べる
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思い出話 モネ

「学校が夏休みの間に不思議な美少女に会って、そこから謎の大冒険でうっかり世界を救ったり? 

 ……っていう展開はよくある話だけど」


 とにかく自分なりに分かりやすく、カブと言う名前の少年は自分がおかれている状況を整理整頓しようとしていた。

 大丈夫、なにも難しいことはない。夏休みの終わりに学校の机の中身を掃除するのと何ら変わりはない、簡単な仕事だ。


「あはは、それって」

 カブの漏らした形容の方法について、シズクと言う名前の少女がうっかり笑みをこぼしてしまっている。

「学期末に机の奥にしまいこんだ給食の残りのパンやら野菜くずやらが腐敗して、それはもう見事な樹海を机の中身に形成する。

 という、学校生活のありふれた一幕、と言うわけなのでしょう?」

「いやいやいや……オレそこまで不潔じゃねえけど?!」


 さて、カブとシズクがなぜこのような話をしているのかと言うと。


「突き詰めれば、ぼくはこの階段を登り終えるのがなんだか、とても怖いのです」


 シズクは、膝上までの少し短めの黒いスカートをひらめかせている。


 シズクの意見について。


「オレも同意見、なんで俺たち階段なんか登ってんだろうな?」

 カブは、学校帰りのとても動きやすそうな服装でぼやいている。

 ただ学生カバンは持っていなかった。


 彼らはどこかの建物らしき階段を登っていた。

 そこまで高さはないように思われる。六階建て、くらいだろうか?

 大人が見れば辟易としそうな段差だが、幸いと言うべきか不幸と言うべきか、彼らは子供だった。

 それはもう、実に体力をもて余している。


 また、それに加えて。

「ぼくたちはこれでも魔物、ですからね」

 シズクが自らを、あるいはこの世界に住んでいる大体の存在についての概略を言葉にしている。

 ぴく、と、頭頂部付近に黒猫のように生えている耳を楽しそうに動かしている。


「ンだよ」

 カブは、狸のようにふわふわとした耳をピクリ、と不快そうに動かしている。

「社会の授業なんかしたくねぇんだけど?」


 カブの年齢は十四歳、中学校の途中である。


 カブの発した意見の内容について

シズクが不思議そうにしている。

 感情の動きに合わせるように、彼女の白く細い喉の中身から「んるる」という獣じみた小さな声が聞こえる。


「歴史の勉強となれば日本史や世界史、と呼称されるのではないのですか?」

「それは高校生になってから、そんなことも……」


 知らないと言う事実について。

 学校に通っていない、あるいは通えるための身よりも余裕もない。

 そういった状況について憂いを抱いたのはカブの方であった。


「いや……なんでもない」

「おやおや、気遣ってくださるのですか?」

「だってそうだろ?」


 カブは、自分なりに知識として吸収したと思わしき情報を言葉に変換する。

 少年期特有の、女性にも男性にも区別されない音程の声が、静かな階段の上下空間を小さく染める。


「親も死んで、金もなくて。そんなんで、こんな……侵略戦争が終わったばかりのクソみたいな世界で、そんな、ありふれた戦災孤児を助けようとするやつなんて」

「よっぽどの変わり者、なんでしょうね」


 シズクは喪服のようにしっとりと黒いワンピースをひらりとひらめかせる。

 布の動きを産み出すための足が、まるで踊り子のように微弱な回転を起こしていた。


「その点で言えば、ぼくたちが探している謎の美少女、モネさんもその「変わり者」の区分にぴったり当てはまるのでしょうね」

「ああ、ピッタリだよ。どれくらいピッタリかって言えば、ジグソーパズルの最後の一ピースぐらいには、もうガッチリピッタリだよ」


 むしろその小さな一粒が、たった一人が、理由のためにただ存在している。

 その事実が、少なくともカブにとってはどうしようもなく不安を掻き立てられる現実でしかなかった。


「ところで」


 階段を登る。 

 シズクはカブよりも少し先を登っている。


「お二人は、どこでお知り合いになられたのでしょう?」

「質問を質問で返すのは気が引けるけど」


 カブはシズクのスカートから除くひざ裏から意識的に目を反らしている。

「オレとしてはモネとお前がいつのまにか仲良くなっているってことが、なんつうか、……えっと、そのォ……」

「好きな女性を横取りされたような気がして、オスの本能がもうギンギラギンに光り輝いていると?!」

「違ェよ??!」


 かなり話題をすっ飛ばされて、カブは吃驚仰天、うっかり階段から落ちそうになる。


 シズクの方は、いっそその気になれば飛び上がれるほどの活力にて、一方的な創造力をムクムクと勃起させている。


「良いですねぇ、実に良いですねぇ。仲睦まじい幼馴染みの間柄に横槍を入れる謎の転校生……」

「いや、お前別に転校生じゃないだろ」


 ありきたりな突っ込みをして、カブはどうにかして話題を反らそうとする。

「お前は、あいつの……えと、同業者? ってやつなんだろ?」


 曲がりなりにも戦後の混乱時期、子供を含め若年層が労働するのは指して珍しくもない。 

 かつて存在していた人間社会における戦後とは比べ物にならないほど平和、……少なくとも「意識」の上では平和と呼べるのだろうか。


「なんと言ってもインフラはしっかり残っていますからね」

 シズクが階段の手すりに体をもたれかけさせている。

 ささやかだが、そんなに居心地は悪くない階段の踊り場。

 蛍光灯の明かりの下、階段はまんべんなく四角形の螺旋を安全に照らされている。


 踊り場、シズクは社会情勢についての想像をする。

「かつて、「人間」という名前の生き物が異世界から来訪し、極限の魔力と卓越した科学力でこの世の楽園を作り上げた」

「でもそいつらは」


 カブが唾棄するように、教科書で覚えた「人間」たちの悪行を一粒語る。

「下手な欲だして、俺たち魔物がいる魔界まで侵略しやがった」


 一概に侵略戦争と呼ばれる行為である。


 戦争は、ひとつの世紀を整えるくらいには続き、長く引き伸ばされ、何度も形を変えて継続された。


「でもある日大災害が起きて、人間がわが全滅した」

 カブは教科書のデータを頭のなかに並べる。


 データである。それはもう個人と言う概念を徹底的に無視した、見事なまでの「絶滅」であった。


 疫病のように容赦なく、そして津波のように見境がない。


 ともあれ、「大災害」にて人間は絶滅し、敗北一歩手前だった魔物たちはなんとか生き残った。


「この、なんとか、が重要ですよ」


 シズクはテストの応用問題を解く得意気な生徒のように微笑む。


「戦争のお陰で世界はずたぼろ、我々もこのままただ生きていたら人間たちの二の舞です」


 加えて、一応ここは魔界なのである。


「人智も常識も、良識さえも越えた摩訶不思議がはびこっていますから」


 シズクは静かに呼吸をしている。


 まだ未発達な胸の辺りに漂う呼吸の気配が、カブの忘れかけている夜の冷たさを思い起こさせている。


「例えば」

 カブは、何度目かも分からず階段の上を見る。


「モネが昨日から行方不明で、探そうとしたら、俺たちがこの謎の階段に閉じ込められた。とか?」

「ええ、そうです」


 シズクはあっさり肯定している。


 また、階段を登る。

 最上階まではまだ遠い。


「いやはや、災難ですね」

 シズクは張り付けたような笑顔で状況を労う。

「一晩中モネのお嬢さんを探し歩いてヘトヘトになったところに、このような迷宮に閉じ込められるとは」

「迷宮」


 カブはシズクの発したワードをひとつ拾い、意味を込めて繰り返している。


 言葉そのものはありきたりである。 

 だが、少なくとも彼らにとってその言葉は決して微量とはいえない意味を含んでいた。


「これが、あいつの家が受け持つ仕事なのか?」


 カブがシズクに質問をしている。

 疲労感か、あるいは混乱のせいなのか、かなりあやふやな質問内容になってしまっている。


 だがシズクの方はまるであらかじめ模範解答を暗記してるかのようなスムーズさにて、彼の問いについての回答を用意している。


「ええ、これが戦後に大増殖した災厄の内のひとつ、迷宮です」


 古くはダンジョンと呼ばれ、人間社会が台頭していた時代には魔物の貴重な住みかでもあった。


「時代の変容と共に遺棄されたり、あるいは人間に攻略されたりで、まあ大体は再利用されてますが」


 要するにただの土地である。


「あいつは」

 カブはモネについてなるべく多く考えようとしていた。

 なぜかそうしないといけない気がして仕方がなかった。

「それらを管理して、どうにかオレみたいな一般人が住みやすいようにしてんだよな」


 人の肉体に類似した個体、そこに限定されている。

 ゆえに、魔物の暮らす環境は人が望むそれらと同等に贅沢でなくてはならない。


「そんなに頑張っているのに、オレは」


 カブは階段を登りながら後悔していた。


「オレは、あいつにひどいことを」

「何をなさったのです?」


 シズクが質問をしている。

 いや、言葉こそ穏やかではあるが、視線の鋭さはどことなく尋問のように冷たく重かった。


 カブが答える。

「助けたかったんだ」

 言い訳がほとんど、だが根底には抗えない本音が根付いている。

「学校を休んでばかりで、先生に怒られているから、だから、オレはあの先生に教えたんだ。

 あいつの仕事について」


 そうすると。


「次の日にはもう環境が出来上がっていた。

 あいつは学校にもいられないくらい困っている。

 あいつは母親が重い病気で、もう助からないってことに困っている。

 あいつは困っている。


 誰かが困っている様子が、そうなんだ……たまに、嫌なやつにとってとても、みていて、楽しいんだってことに」


 「知らなかったんだ……」と、カブは後悔していた。

 そして憎んでもいる。

 他人の苦しみを娯楽にしようとする輩について。


「お気持ちは分かりますよ。ええ、分かりますとも」


 シズクはカブの憎しみに心を込めて寄り添おうとしていた。


「ただ、ひとつ貴方に過ちがあるとしたら、貴方まだ理解をしていなかった。と言うことなのでしょう」


「……そうかもしれない」


 もっと深く考えるべきだった。

 あるいは、例え虚妄でも良いから、もっと自分が暮らしている場所を恐れるべきだったのだ。


「考えもしなかった」

 カブは自分の罪を数える。

 数の概念すらも当てはまらない、底知れぬ罪深さについて考えている。

「大人でも子供でも、簡単にいじめっこになれるって。

 ちょっとでも自分より立場が弱くて、しかもいじめられてるやつが仕返ししなければ、その分だけいじめはエスカレートして」


 カブの頭のなかに学校の生活が思い出されている。

 一週間前々は青春に浸れていた場所が、三日前には死体まみれの戦場よりも怖い場所になっていた。


「しかし、モネさんには貴方がいるではありませんか」


 とても分かりやすく、シズクはモネとカブの友好的な関係性について考察している。


「モネお嬢さんのお母様の病室で、貴方がお嬢さんに寄り添っている姿は、美しいまでの献身的な愛情を感じさせられました」


 つまりのところそれがシズクとカブの初対面でもあった。


 かなり恋愛脳な思考のシズクにたいして、しかしカブはあまりうまく怒りを抱くことができなかった。


 思春期が持つ排他的な感情を凌駕する勢いで、ただひたすらに、憎しみがカブの思考を支配している。


 憎悪の気配を感じ取った。

 カブは少しでも心を落ち着かせようとして、モネについての思い出を思い出そうとしている。


「なれそめは? お二人のなれそめはどのようなものだったのですか?」

「おま……っ! なれそめって……っ! バカじゃねえの?! バカじゃねえの?!」

「んるる、すみません、ぼくこう見えてもロマンス大好きなもので……」


 シズクの茶化しを受け流し、カブは狸の耳をふくふくと膨らませて記憶を探る。


 さて、出会いはこのような感じだったらしい。


 カブは両親につれられて病院に出掛けていた。

 物もらいを患ったのである。


 運悪く、そこそこに高圧的な医者に鉢合わせてしまったため、ちびっ子カブはとても不機嫌になっていた。


 カブの母親が彼をなだめようとして、父親は近くのレストランで美味しい食事をしようと彼を誘う。


 美味しい食事や甘いデザートに心惹かれつつも、カブは子供のプライドを捨てきれないでいた。


「もういいもん!」


 何かしらの些細な口論のあと、一方的に怒るだけのカブが病院内を走って逃げている。


 階段をドコドコとかけ降りたところ、ちょうど階段の終わりの壁、視界の外側から、彼女が現れた。


 ぶつかりかけたが、幸いにもお互いが反射神経を働かせて衝突を回避していた。


 相手の少女が、あるいはまだ幼女でしかない彼女が、不満げにカブを注意している。


「あぶないなあ」

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